第32話

 しばらく通路を進みながら襲い掛かる魔物の群れを撃退していく三人は少し広い部屋へと入る事が出来た。


 「ここなら少し休憩出来ますかね?」


 蓮花が周囲を見回ってくれたおかげで敵の気配は無い事が分かった為、そこで少し休息をする事になった。

 ここまでくる道中、戦闘がずっと続いていたので体力的にも不安があった。

 休憩が出来るのは助かったと十夜は一息つく事にする。


 「しっかし、よくここまで集まったよな」


 十夜が呟くと三人が持っていた鞄の中身を確認していた。

 ブラックハウンドやボアブリッツ、そしてゴーレムの落とした魔石もかなりだったのだが、一番驚いたのは『王国騎士団』の兵士達が持っていた装備の数々だった。

 蓮花が調べていると、そのほとんどの武器に〝魔石〟が組み込まれていたのだ。


 「この魔石を装備品に組み込む事で、どうやら『魔法』を使えない一般兵さん達も『付加術式エンチャントコード』というモノが使えるそうですね。どうりでやり辛いと思いました」


 蓮花は先ほどの兵士との戦闘を思い返す。

 ゴーレムを撃破後に何度か兵士達との戦いがあった。

 そんな中、長剣や槍から炎や風を操ってくる兵士もいたので、てっきりデュナミスの言っていた『恩恵ギフト』なのだと思っていた。

 しかしそれにしては何人も同じような事をしてきたので、戦闘終了後に


 「いや、しかし蓮花殿も容赦ありませんな。あんな手際よく吐かせられるモノですかな?」

 「人聞きが悪いです。私はお話をしていただけですよ」


 蓮花がむくれる。

 お話、と言っているが実際は『脅し』に近いモノだった。

 『メムの森』にいた大百足の毒を染み込ませていた苦無の切っ先を首元に押し当てられ感情の無い瞳で脅されれば普通の人ならば大抵は白状する。

 そんなやり取りをしていると、十夜はふと人の気配を感じた。


 「?」


 しかし、蓮花も万里も誰も気付かず休息を取っている。

 自分が気付き他の二人が、万里はともかくとして蓮花は人一倍人の気配には敏感なのにだ。


 「悪い、ちょっとトイレ」

 「――――――――――――レディの前でそんな事を言うのは紳士としてどうかと思いますが?」

 「あ、なんか久しぶりに聞いた気がする」


 実際には一日も経っていないのだが、ここに来たばかりの事を思い出しつつ気配のする方へと足を運んだ。





 十夜は少し進み辺りを見回す。

 特に変わったところは無いのだが、彼が入っていった通路は舗装されている途中だったのか地面はゴツゴツとしていて歩き辛かった。


 「(なんだよここ。今までの場所と何か違うような)」


 まるで放棄された場所、というのが正しいのかもしれない。

 周囲には採掘する為の道具やトロッコのような物も置いてあった。

 その奥まで進むと暗い通路の奥に明かりが見えた。

 足音を、そして気配を消しゆっくりと様子を窺う。



 そこで見た物とは―――――――――――。



 「な、んだよこれ―――――」


 言葉が漏れる。

 通路の先は今まで十夜達が休憩していた場所よりかなり広く、空洞になっていた。

 そこでは、


 「何をしている!! さっさと働け!!」

 「ひぃぃっ!!」


 フィクションでしか見たこともないような光景が広がっていた。

 ボロボロの衣装を身に纏い、強制的に働かせられている人々。

 その労働者達は老若男女問わずで、上は老人から下に至っては小さな子供まで働かされていたのだ。


 「うぅっ」


 力尽き、倒れる人もいる。

 そんな彼らに、


 「サボるなよ!! さっさと―――――起きろ!!」

 「ぎゃっ!!?」


 サッカーボールのように蹴られ転がっていく。

 腹部を押さえ呻きながら悲鳴を押し殺す様子はまさに地獄絵図と呼ぶに相応しいモノだった。


 「あ、――――――ンの野郎ッッッ」


 身を乗り出そうとする十夜だが、気を落ち着かせる。

 ここで一人飛び出した所で何も出来ない。

 ここから見ている限り恐らく『王国騎士団』の兵士が二十人近く。

 一人で対処するには加えて、


 「エスカトーレ団長!! ご報告が!」


 一人の兵士が叫んでいる。

 エスカトーレと呼ばれた男はゆっくりと振り向き、何やら報告を聞いていた。

 しかしここからでは何を喋っているのか全く聞こえない。


 「あれが、エスカトーレ?」


 青銅の鎧に身を包みその上からでも身体つきは瘦せ細い騎士、と言うよりも胡散臭い詐欺師のような印象を持つ男だった。

 鬱陶しそうな長髪で表情は見えないが、病人なのか? と言われても違和感がないほどには表情は暗く見える。


 「何言ってるか分かんねぇ」


 十夜は呟いた。

 すると、


 「〝ただいま門番の報告によるとデュナミス副団長が『罪人』を連れお戻りになられたそうです〟―――――ですか」


 振り返るとそこには休憩をしていたはずの蓮花と万里がいた。


 「ほう、これは中々な光景ですな」


 万里の表情も明るくは無い。

 寧ろ無表情の彼は妙な威圧感すら感じる。


 「読唇術ですよ。くノ一の―――――忍者の基本です。〝ですが城内に入った副団長の姿が忽然と姿を消し、罪人と共に行方が分からない〟だそうですよ」


 状況はあまりよくないのかもしれないが、一応こちらの動きは全てバレているわけではなさそうだった。

 そして、一応のやり取りを全て終えたエスカトーレと兵士はそのまま別れ、エスカトーレ一人だけがどこかへ行ってしまった。


 「最後、何だって?」

 「あの長髪が邪魔で読めませんでしたね…………しかし今はあの団長という男はどこかへ行ったみたいですけど」


 蓮花が呟くと地下に広がる光景を見下ろし顔をしかめた。

 デュナミスが言っていた事を思い出す。


 ―――――団長は〝罪人〟を使い鉱石を採掘している。


 確かにこの光景はその通りだった。

 屈強な男達、そして陰鬱そうな女性や、見た目で言えばそうでない人も、纏っている雰囲気は少し歪んで見えた。

 しかし罪人と言うにはあまりにも無害そうな人々の姿もちらほら見える。


 「まるで軽罪でも罪人として扱っているのかもしれませんなぁ」


 万里が呟く。

 そんな彼らを見ていた十夜は悩んでいた。

 助けに行くか?

 だがそうすれば彼らは兵士達に見つかり戦闘になるだろう。

 そうするとこの迷宮は入り組んでいたので帰るのに時間も掛かるかもしれない、遅くなればなるほど城の中を通り、城門を堂々と出るのが難しいのだ。

 すでに三人でも色々と準備をして入城出来るのがやっとだった。


 ハイリスクローリターン。


 そう思うならここは知らないフリをするのが一番なのかもしれないと、十夜が思っていた時。

 彼らの耳に馴染みのある声が届いた。


 「おにいちゃん!!」


 小さい男の子が重労働に耐えれず倒れてしまったのだろう。

 そんな彼に近寄り身体を揺する少女の姿を捉えた。


 「おにいちゃんっ、おにいちゃん!!」

 「チッ、使えねーガキが!!」


 兵士の苛立った声が聞こえ足を上げる。

 その兵士の足元には、

 その声は一日しか経っていないが、それでも聞き違える事はなかった。

 初めてこの世界に来て、初めて会話し、よくしてくれた小さな村の男の子と女の子の兄妹。

 十夜が目を見開く。

 ボロボロになった衣装を着せられていた。

 遠目でもしかしたら違うのかもしれない。

 それでも、

 見間違えるはずは、無かった。


 「神無月くん!!」


 蓮花の制止を無視し十夜は飛び出す。

 覗いていた場所からは少し高さがあったが、教室から脱走する時に三階から飛び降りた事があったのだ。

 このぐらいは何ともない、と自分に言い聞かせ一切の躊躇いを無くす。


 そして、


 「フェリィィィィス!! リュゥシカァァァァッッッ!!」


 一気に跳躍し小さな兄妹、フェリスとリューシカの元へと走り抜ける。

 十夜は拳を開き熊の手を作る。

 そのまま勢いに任せ相手のこめかみへ掌打を食らわせ打ち抜かせる。


 兵士の視界がブレる。

 脳を揺らされた事により意識を断つのは簡単だった。

 この場所で、自分達に牙を剝く人間などいなかったのだ。

 縦に回転するように転がり続けた兵士はそのまま舗装されていない壁に激突し動かなくなった。

 誰もが呆然と突然の乱入者へと視線を向ける。

 しかし、十夜はその視線を気にも留めず倒れる小さな兄妹へと近付く。

 初めは誰か分からなかったリューシカが目を見開き、その姿を捉えたことによりその瞳から大粒の涙を零し始める。


 「大丈夫か?」


 優しい声。

 ここに連れて来られる前は大丈夫かと心配していた姿。

 そして、無意識に感情を殺していたかもしれない衝動で声が出なかった。


 「おに、お兄ちゃん?」


 意識を取り戻したフェリスが呟く。

 そっと少年の頭に手を乗せ優しく撫でる。

 そして無言でこう言った。


 もう、心配ないぞ―――――と。


 それを聞き取れたフェリスは落ち着いた寝息を立て意識を無くした。

 そして同じようにリューシカにも優しく手を乗せ撫でる。

 少女は大きな声で泣けた。

 たった一日。

 たった一日の間にこんな小さな子に感情を殺させるほどの労働を強いたのだ。

 どんな目にあったのかなんて想像はつかなかった。


 「誰だ!!! 貴様!!」


 兵士の一人が叫ぶ。

 突然の乱入者に二十人ほどいた兵士が集まり、強制的に労働させられていた人々は逃げまどっていた。

 その内の一人の老人だけが心配で兄妹の元まで頼りない足で近付いてくる。


 「アンタは?」

 「儂はここでは一番長い者じゃよ。この子達から『おじいちゃん』と呼ばれておる」


 白い長髪の老人がボロボロの手でリューシカを迎える。

 懐いていたのか、それとも他に頼れる人がいなかったのかは分からないがそれでも少し心を許しているのならそれでよかった。


 「悪いじーさん。この子ら頼める? 多分一緒にいてたら危ないと思うから下がってて」


 気を失ったフェリスを任せ、十夜はゆっくりと立ち上がる。

 そんな十夜の服をぎゅっと握る小さな手があった。


 「お、にいちゃん」


 心配そうに見上げるリューシカを気丈に振舞いもう一度その頭に手を乗せる。

 今度はそっとではなく心配するなと言わんばかりに力強く。


 「リューシカ、兄ちゃんフェリスと一緒に下がっててくれ―――――俺は」


 リューシカに向けていた目を鋭くし武器を構える兵士達を射抜くように睨みつける。





 「ちょっとばかし悪さをする奴らにお仕置きしなきゃな」





 拳を鳴らし、十夜は静かに構えた。

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