第23話
ここで、この『グランセフィーロ』での力や技について少し説明したいと思う。
この世界は異世界の話によくある『神様』を祀っている。
その存在は『唯一神』や『創造神』などと呼称は様々なのだが、その存在は無二であり、〝絶対〟だった。
正確な名はまだ十夜達は知らないが、この世界ではその存在は常識であり、子どもから大人まで知っていて当然とまで云わしめる存在なのだ。
そんな神様がこの世界の住人に与えているのは『
これはこの世界の人間ならば必ず持ち得るもので、その『恩恵』を極め理解する事のよってそれが『
例えば、
現在ならば神無月十夜と戦闘中のデュナミスならば『恩恵』が〝豪腕〟ならばそれを極めていき、結果として『固有能力』は〝
彼の豪腕から繰り出される剣圧は真空を作り出し〝飛ぶ斬撃〟として完成されたのだ。
よって、彼の『恩恵』〝豪腕〟はただ触れるだけで受けた剣だけでなく、そのまま一緒に腕も良くて骨折、最悪な場合は腕が吹き飛ぶなんて事も日常茶飯事だった。
つまり彼は実力的には副団長として恥ずかしくない実力を兼ね備えていた。
ただ、
ここでデュナミスは大きな誤算をしている事に気付いていなかった。
ここにいる三人は―――――他にもいるか分からないが、少なくとも異世界から来た人間の中では実戦経験はダントツなのだ。
特にこの少年、
神無月十夜に至ってはまだ全ての手の内を明かしていない。
〝飛刃〟が繰り出す真空の刃が十夜の身体を切り裂こうとした―――――その時、
ゴキィィィィッッッ!! と鈍い音が鼓膜に響く。
鼻は潰れ、歯は折れ、メキメキメキッと骨が砕ける感覚が気持ち悪かった。
そして、遅れてやってくる激痛。
「ぐ、ぼっ、ギャアアアアアアアアアッッッ!!」
デュナミスの放った真空破が掻き消され痛みの衝撃で地面をのたうち回っていたのはデュナミスの方だった。
「な゛、んで――――――――――――――」
訳が分からない。
今まさに自分の刃がこの少年に当たったはずだった。
なのに、何故?
自分の〝飛刃〟がこの少年に当たる直前に霧散し掻き消されたのだ。
「ば、バガぶァッ!?」
血が口の中に充満し、上手く喋れない。
一体何がどうなっているのか?
「ふぅっ」
十夜は短く息を吐いた。
怪我は最初に受けたダメージ以外に傷を負っている様子は無かった。
しかし、彼には〝ある変化〟が見て取れる。
その変化は、この中で蓮花だけが知っていた。
「(あの〝痣〟は!?)」
蓮花の視線の先に写る十夜の身体には首筋から頬にかけて黒い〝痣〟が紋章のように浮かんでいた。
それはスライムに襲われ川に引き摺り込まれた時に浮かび上がった〝痣〟だった。
見られている事は気にせずに十夜は一歩づつデュミナスへ近付いていく。
「今のは俺個人の分だ。散々好き勝手しやがって――――で、こっからは」
パキパキと拳を鳴らしながら凶悪な笑みを浮かべ十夜は口の端を釣り上げる。
その姿は森の中で出会ったオーガ以上の凶暴さを秘めていたようにも感じた。
「テメェが街の人たちにした事と合わせて清算してもらうけど、いいよなァ?」
一歩一歩と彼に近付くにつれて死神が大鎌で首元に刃を突き立てるような、そんな恐怖がデュナミスに襲い掛かる。
「ま、まっひゅぇ」
情けなく、そして涙や涎を垂らしながら腰を抜かしながら後退る。
一体何がどうなっているのか理解が追い付かない。
ガタガタと身体が震える。
そんなデュナミスの姿を見て、少し冷静さを取り戻したのか十夜は再びため息を一つ吐いた。
「やーめたっ。よく考えりゃ俺がそこまでする必要ないし、俺個人としてはさっきのでチャラでいいや」
踵を返すと十夜は後ろ手で手をプラプラとさせていた。
安堵したデュナミスはふと指先に何かがコツンと当たる感触がした。
視線を動かすと、それは先ほど十夜に殴られた時に落とした長剣だった。
今、完全に十夜は油断している。
もう一度自分の
口がニヤける。
もうこれ以上誰にも下に見られたくないと思ったデュナミスはゆっくりと立ち上がり再び長剣を構える。
それに気付いた蓮花は手持ちの苦無を投げようと振りかぶるが彼女を制止する手があった。
その手の主を睨み付けるように小さく叫ぶ。
「永城さんッ!?」
しかし、万里の表情は少し硬い。
そしてゆっくりと首を横に振った。
「今は止めておいた方がいい。下手に刺激すれば厄介な事になりそうですぞ」
何を言っているのか分からなかった。
二人がそんなやり取りをしている間にもデュナミスの放つ凶刃が十夜に襲い掛かろうと――――――――。
「あ、そうそう」
特に振り返る事なく十夜は足を止める。
そして何でもないような会話をするかのように、
「俺は別にいいけど、そいつらはどうかは分からねーぞ?」
そいつら?
この少年は何を言っているのだろうか?
様々な疑問が頭を過る。
デュナミスが戸惑っているのが分かったのか十夜が今度こそ振り返りどうでも良いような表情で淡々と告げた。
「いや、だから―――――許してほしいんならお前の後ろの奴らに聞けば?」
そう言われ、
ゆっくり、
ゆっくりと、
デュナミスは振り返る。
まず視界に入ったのは己が肩だった。
そこには自分の肩と、そこに置かれている―――――真っ青な人の手だった。
「へぁ?」
間抜けな声だったと思った。
しかし、思考も理解も追い付かない。
何せ自分の後ろには、
こちらを怨めしそうに見ている者達が大量にしがみついていたのだ。
誰も彼も虚ろで、しかしその眼には明らかな怨嗟の念が込められていた。
肩が強ばる。
身体が震える。
魔物とは違う〝何か〟。
いや、聞くところによると魔物の中にも
それと同義なのだろうか?
いや、にしては―――――――――。
デュナミスの耳に嫌でも聞こえてくる怨嗟の声。
痛い
助けて
何でこんな目に
僕が、私が、どうして?
苦しいよ
何も見えない
怨めしい
お前のせいだ
お前の――――――――――。
お前が、お前が、お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前が悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い悪い同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ同じ苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを苦しみを――――――――――。
そして―――――――――――――死ね。
「ギッ、アアァッ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!」
情けなくとも、みっともなくても良かった。
今はとにかくこの場からすぐにでも離れたかったのだ。
何故なら、
この死霊達には心当たりがあった。
自分で手にかけたかつて敵兵だった者。
薬漬けにして商人に奴隷として売り捌いた者。
冤罪で罪をでっち上げ罪人として処刑した者。
己が苛立ちをぶつける為に欲望のままに蹂躙した者。
どいつも、こいつも、―――――――全て見覚えがあった。
「やっ、やめっ」
言葉が出ない。
全身に影の手が纏わり付いてくる。
そして、
ずぶずぶと影に沈んでいく。
「たっ、助けっ―――――」
「安心しろよ」
穏やかな笑みを浮かべ十夜は笑う。
しかしその笑みは決して慈悲でもなければ慈愛でもない。
ただ張り付けただけの空っぽの微笑。
「テメェに聞きたい事は山ほどある。だから殺さねぇ。ま、十分に懺悔でもすりゃ〝そいつら〟も赦してくれんじゃね? それまでは、じっくりと
そう言ってデュナミスの身体が十夜の足元から伸びる影へと沈んでいく。
「や、―――――め」
頭まで沈むと残ったのは静寂のみ。
つまらない〝モノ〟を飲み込んだなと十夜は自分の頭を掻く。
「ホント、ロクなもんじゃねーな」
その呟きは風に流され掻き消えていった。
唯一聞こえていた蓮花は言葉を失くす。
十夜の表情は暗くて見えなかったがその声は少し悲しい感じがしたと、蓮花は思った。
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