第22話

 神無月十夜は武術の才能が無かった。

 それは神無かみなし流の師匠にも言われた事があり、四つある絶招おうぎの内、二つしか習得が出来なかったのだ。


 ―――――お前には武術の才能は無いな。まぁそんな気にする事はない。


 そう言った師匠の顔を今でも覚えている。

 気にするな、と言うのは恐らく本心だったので十夜も特には気にしなかったのだが、それでも今となっては後悔が先に来ていた。


 自分が異世界に来てまで、まさか騎士と戦う事になるとは今日この日まで思ってもいなかった。


 「フン!!」


 掛け声なのか何なのかは分からないが、デュナミスの剣戟を十夜は捌いていく。

 手の甲で弾き、掌底で長剣の横を打ち抜き、ギリギリを攻めていた。

 剣戟と徒手空拳。

 どう見ても十夜が不利だったのだが、それを思わせないほどにデュミナスの剣を素手で受けきっている。


 「チッ!」


 思わず舌打ちをした。

 自分には剣の才能があったと自負していたし、それに驕る事なく鍛錬も積んでいた。

 そのはずだったのに、

 目の前にいる少年は刃物を怖がるどころか接近戦に持ち込もうと突き進んでくる。

 しかも、

 チラリとデュナミスは〝もう一つ〟の戦闘を横目で見た。

 別の場所では蓮花と万里が最早ゾンビのように迫りくる住人の相手をしていた。


 


 その言葉が事実ならば動く死体リビングデッドとなってしまった彼らを救うには最早〝死〟しかなかった。


 「はぁッ!!」


 蓮花が苦無を投げ眉間に突き刺す。

 そして苦い表情をしていた。

 やはりどういう理由があろうとも無関係な人を殺めるのに抵抗があった。


 「大丈夫ですかな蓮花殿!?」

 「ええ! 大丈夫です!! しかし数が多すぎますね」


 万里は錫杖を鳴らしながら住人の頭をかち割っている。

 その光景はかなりシュールで絵面的にこれでいいのだろうかと疑問を抱くほどだった。


 「永城さんは、その―――――平気なんですか?」

 「ん? おお、坊主は古来より人の生死を扱うんでな。しかしこれは」


 バキィィッッッ!! と住人を殴っている万里の表情もあまり明るくは無かった。


 「気分は悪いですな。せめて、この方々が安らかな眠りにつけるようにしてやるのが務め」

 「そうですね」


 そう言って二人は半数近くの住人を撃退していった。


 それを見ていたデュナミスは内心焦っていた。

 今回の功績を自分だけのモノにする為に部下は寄越さず中毒症状のある住人を連れてきたのに完全に裏目に出ていた。


 「(異世界から来た迷い人風情が!!)」


 この世界、『グランセフィーロ』に異世界から来た迷い人は

 皆若く異世界にやって来たと言うだけで歓喜し希望を持っていた。

 神から授かりし『恩恵スキル』を受け意気揚々と異世界を渡り歩く姿が滑稽で仕方がなかった。

 どいつもこいつも魔物相手には強気なくせに人が相手だと尻込みしてしまうような者ばかりだった。

 そう、異世界人は色々な意味で扱い易かった。

 


 「クソッ!!」


 デュミナスの予想は大きく外れてしまった。

 

 どいつもこいつも人殺しは駄目だとこちらを非難し、自分を正しく持ち上げようとするのを気持ち悪いと感じていた。

 だから何も知らないのを良い事に色々と利用した。


 「貴様らはッ―――――」


 剣を持つ手に力が入る。

 まず手始めに始末するべきはこの妙な武術を使う少年が先だった。

 しかしここでデュナミスにとって最も大きな誤算が生じる。

 至近距離での戦闘で剣に対してこの少年は全く物怖じしないのだ。

 実力差は感じたはずだ。

 デュナミスには『真空破とっておき』もある。

 なのに、

 何故この少年は恐怖心を持たないのか?

 デュナミスに戦慄が奔る。


 一方、十夜はかなり際どい戦いを強いられていた。


 「(クソッ、久しぶりに痛ぇ)」


 痛みを感じたのは異世界に来てだった。

 オーガや剣士の攻撃を受けてなお無事だったのには少々

 なのであの飛ぶ斬撃が十夜の防御を貫通した時は本当に焦っていた。

 まともに食らえば真っ二つになっていたところだったのだ。

 しかしそんな事を知らない目の前の敵デュナミスや蓮花、そして万里には不思議で仕方がないのだろう。


 手の内はおいそれと見せてはならない。


 それが十夜の師匠が残した言葉だった。

 しかしこの緊迫した状況を見るにその様な事を言っている場合ではない。

 デュナミスの攻撃は熾烈さを増していく。

 剣戟を受け流しどうにか飛ぶ斬撃が出されるのを何とか防いでいる状況には変わり無いのだ。



 神無流は中国拳法をベースとした武術で、鋭い打撃を体内に浸透させるのを目的としている。

 例えばだが、鬼神楽弐式おにかぐらにしき鬼槌おにづち

 これは化勁かけいと言われる、中国武術において相手の攻撃力を吸化、あるいはベクトルをコントロールする身法のことをいう。

 〝受ける〟のではなく〝捌く〟が基本の型。

 これを拳ではなく掌打で捻りながら鳩尾に放つ事によって衝撃が体内で爆発する必殺の技なのだ。

 だがそこはやはり徒手空拳の性質なのか、どうしても軌道や狙いがバレやすい。

 実際、デュミナスは十夜の狙いが何となくだが分かっていた。



 「(所詮はやはり戦い慣れしていない異世界の住人ッ! 狙いが分かりやすいぞ!!)」


 十夜が腰を捻り、腕を極限まで捩じる。

 腕を戻すように再び捩じりながら狙うはデュナミスの鳩尾きゅうしょだ。


 「―――――そこか!!」


 大きな動作に〝何か〟を狙っている事に気付いたデュナミスは一歩大きく下がった。

 その中間距離ミドルレンジはデュナミスの射程内だ。

 大きく長剣を振りかぶりデュナミスも腰を捻る。

 今出せる最大級の『真空破』だ。


 「死ね! 迷い人――――――こんな世界グランセフィーロに来た事を後悔しながら滅びろ!!!」


 放たれた『真空破』は今までで一番巨大で威力も最大だった。

 今出せる最高の技。

 こんなモノが直撃すれば恐らく肉片も残らないだろうその攻撃を、

 十夜は腰を落とし揺れる様に足をもたつかせた。


 「(勝った!!)」


 デュナミスが勝利を確信し、

 彼が放った『真空破』は射程内にあった全てを街ごと飲み込んだ。

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