第21話

 群青色の鎧を纏った騎士、デュナミスは長剣の切っ先を十夜達のいる部屋へと向けていた。

 それはここの場所がバレているという事と、どうやら自分達に用があるという事が分かる行為だった。


 「出てこいと、そう言っておりますがどうされるのかな?」


 万里が口を開く。

 三人はとにかく顔を知られない様に窓枠からそっと外を覗く。

 一般市民を入れて人数は三十人。

 薬物を投与しているのかされたのかは分からないが、有象無象はどうとでもなるという自信が三人にはあった。

 しかし、

 問題は背後に控えているあの群青の騎士デュナミスだった。

 彼だけは他の者とは比べ物にならないぐらいの殺気をこちらへ向けていた。


 「一般人を巻き込むのは気が引けますね。―――――というよりか宿の人達はどうしたんでしょう? こんなに騒いでるのに誰も起きませんね」

 「この宿屋から人の気配がいつの間にか消えてる…………ってか近隣の家も電気が点いてねぇところをみると周りもいねぇかもしれねぇな」


 今や三人は完全な孤立無援状態だった。


 「ふむ、何とか話し合いは難しそうですかな? 拙僧とて何が何やら―――――」


 万里がそう言うと、外で動きがあった。


 「出てこないのか!? 卑怯者め!!」


 今の言葉をそっくりそのまま返したい気分だった。

 ただの喧嘩なら別にいい。

 十夜には前に近所の不良達から夜襲を掛けられたことがあったのでこのようなシチュエーションは慣れっこだった。

 しかし、

 今は違う。

 何の関係もない一般人が映画に出てくるゾンビのようにフラフラとその場に立っている。

 目は虚ろで口からは涎を垂れ流している人もいる。

 そんな人達を相手にしろというのならばこの状況はかなりのやり辛さがあった。


 「仕方がない」


 デュナミスが呟くと長剣を構え大きく振りかぶった。

 そんな離れた場所から何をする気なのだろうと見ていると、


 「〝飛刃ひじん〟ッ! 『真空破しんくうは』!!」


 横へ一閃。

 たったそれだけの所作だったにも拘らず、


 「逃げ―――――」


 十夜が叫ぶ間もなく、

 ズガガン!! と轟音が響き宿屋が斜めにズレていく。

 飛ぶ斬撃は『ブレッドの宿屋』を斜めに切り裂いたのだ。

 崩壊する宿屋。

 崩れゆく家屋に紛れ土煙が舞う。

 かなり激しい衝撃だったはずだが、周囲の家からは誰一人出てくる気配はなかった。


 「やり過ぎたか」


 デュミナスが長剣を下げると同時に土煙が妙な流れに乗った。


 「ッッッ!?」


 長剣を防御する為に構えたと同時に、土煙の中から十夜と万里が突進し激しく衝突する。

 万里の錫杖を鎧の籠手で受け止め、十夜が持っていた苦無を長剣で受け止める形になっていた。


 「おいおいおいおい、アンタ――――――何しやがる?」

 「流石の拙僧も驚きましたなぁ。もし他にも人がいたらどうするつもりで―――――ッ!?」


 まだ万里が喋っている最中だったがデュミナスはお構いなしに長剣を横に振り二人を弾き飛ばす。

 十夜ならまだしも、あのオーガですら圧倒していた万里が力負けしていた。


 「ふん、貴様らは『迷い人』の中でも少し特殊なようだ。ならば、次こそは」


 もう一度大きく長剣を構える。

 先ほど見せた〝飛ぶ斬撃〟を放とうとしていたのだ。


 「させるか!!」


 苦無を逆手に構え、十夜がデュミナスへと突っ込む。

 宿屋を二分割にした斬撃をそんな極小の刃物で受け止めるというのだろうか。

 自身のプライドを傷つけられたと思いデュミナスの腕に力が籠る。


 「舐めるなよ―――――〝異世界人〟ッッッ!!」


 一閃。

 斬撃は物凄いスピードで十夜へ向かっていき、



 



 「!!?」

 「こんな土煙が舞ってる最中にそんなモン飛んでくりゃ軌道ぐらい読めるっての!!」


 十夜がデュミナスの懐に入り込み腰を捻り腕を熊の手にし捩じる。

 大技を使った騎士の体勢は完全に崩れている。

 今が好機チャンスと思い、この世界に来て数度使った神無月十夜の拳技を喰らわせようと一歩を踏み出す。


 「喰ら―――――」


 その時、十夜は失念していた。

 デュナミスは大きく空振りし体勢が崩れたと――――――

 実際には技を放ったデュナミスは一度目の真空破は空振りに終えた。

 しかし、

 これで決まらなかった場合の事は常に考えているのだ。

 この技一つで副団長になれる訳ではない。


 「真空破・追!!」


 振り抜いた状態からもう一度、

 油断をしていたわけではない。

 しかし追撃が来る事はないと勝手に判断した十夜のこれは落ち度だった。


 ズドンッッッ!! と斬撃を至近距離でまともに受けた十夜はメキメキメキッ、と骨が軋む音が鼓膜に響いた。


 「が、あ―――――――――っ」


 勢いよくそのまま吹き飛ばされた十夜は瓦礫へと吹き飛んでいく。


 「十夜殿!?」


 万里が十夜の方へ視線を送る。

 しかし、その隙をデュナミスは見逃さない。


 「遅いぞ!!」


 長剣の切っ先を万里へ向ける。

 その体勢から繰り出されるのは〝刺突〟。


 「フンッッッ!!」


 高速の刺突は万里の大きな体格には相性が悪かった。

 当てやすい万里まとの急所へ的確に刺突を放っていく。


 「ぬ、ぅおッ!?」


 辛うじてガードをするがデュナミスの猛攻に耐え切れなくなったのか万里も後退るしか方法が無かった。


 「くぅぅっ! 効きますなぁ!!」


 余裕ぶっていたがそこまでダメージはない。

 しかし、デュナミスとの相性は最悪だった。

 小回りの利く剣戟は大きな身体つきをしている万里にとっては的でしかない。

 その事を理解しているので迂闊には攻める事が出来なかった。


 「―――――あと一人は?」


 辺りを見回すデュナミス。

 報告によれば迷い人は三人王国内へ入ったと聞いている。

 では一体―――――。


 「そこか!?」


 長剣を振る。

 真空破をもう一度繰り出すが、想定していたよりも素早い相手に彼の剣技は空振りに終わる。


 「遅いですよ」


 蓮花が背後から苦無を数十本一気に投げつける。

 死角からの攻撃。

 しかし、そんなものはデュナミスにとって何の障害でもない。

 自分に向かって襲い掛かる苦無を全て弾き飛ばす。


 「ッ!?」

 「軽いわ!!」


 一度距離を取り、万里の隣に並んだ蓮花が横目で万里を見る。


 「永城さん、大丈夫ですか? 神無月くんは?」

 「拙僧は大丈夫ですぞ。ただ十夜殿が後ろの瓦礫に突っ込んでおりましたが」


 剣で斬られても大丈夫だったので心配はしていない。

 が、先ほどの様子を見る限りダメージを受けていたようにも見えた。


 「十夜殿!! 大丈夫ですかな!?」


 万里の呼びかけに後ろで瓦礫が崩れる音がした。

 その中からは十夜が出てくるが


 「神無月くん!? 大丈夫ですか!?」

 「大丈夫―――――とは言い難いけど何とか生きてるよ」


 蓮花だけでなく、万里もこればかりは流石に驚いた。

 『メムの森』でのオーガとの戦闘でも、

 『モナリの酒場』での冒険者との戦闘でも攻撃を受けても無傷だった十夜だったが、のだ。


 「効いたァ…………アンタのその剣技、一体なんだ?」

 「ふん、寧ろ俺が聞きたい。貴様は一体何者だ? 俺の『真空破』を直撃しておいてその程度の傷だと? やはり迷い人と言うのは全員そうなのか?」


 デュナミスが呟く。

 そして十夜は確信したのだ。



 この騎士デュナミスは〝何か〟を知っている―――――と。



 「さぁどうだろうな? それより聞きたい事あるんだが?」


 十夜の質問にデュナミスは何も答えない。

 彼の無言を勝手に「イェス」と受け取り話を続ける。


 「さっきから気になってたんだが…………?」


 そう、先ほどから三人の動きが鈍いのはデュナミスや三人を取り囲むように街の住人が突っ立っているのだ。

 もちろん邪魔をされているのもあるのだが、微妙に十夜達の動きに合わせて動いているので思い切り踏み込む事が出来ないのだ。

 操られているのか?

 それともこれがこの世界の『魔法』なのだろうか?


 「何だ、そんな事か」


 デュナミスはただつまらなさそうに、


 「


 何て事無く言ってのけた。

 まるで今日は雨が降っているだの、今日は職場で怒られただの、至って当たり前のようにだ。


 「な、―――――――――に?」


 十夜は呆ける様に呟いた。

 何を言っているのか理解が追い付かない。

 生成? 廃人? それにこの男の言う『魔薬』とは一体?

 色々な疑問が頭に浮かび上がっている。

 しかし、デュナミスはそれ以上言葉を交わそうとしなかった。

 再び長剣を構える。


 「さて、では迷い人諸君は我々と共に来てもらおうか?」


 殺気が膨れ上がる。

 どうやっても無理矢理連れて行こうとしているのが分かった。

 万里と蓮花が構える。

 そして、


 「なぁアンタ」


 十夜は静かに語りかける。

 それは感情でいえば〝凪〟。

 いつものぶっきらぼうだが、感情豊かな彼からは想像が出来ないほど静かだった。


 「今、さ――――――生成したって言ってたけど、アンタ『王国騎士団』ってやつなんだろ? 国民を護る為の騎士団ってやつらが魔薬こんなモンを作ってんのか?」


 十夜の質問にデュナミスはただ短く簡潔に、


 「そうだ―――――快楽の為に己を投げ捨てた憐れな住人に役割を与えているだけだ。痛みを感じる事無く、恐怖も感じない。ただ命令のままに敵兵へ突撃するだけの人形だ。も本望だろう。王国の為に戦えるのだからな」


 「この人達は人間だ。お前は一体何様なんだ?」


 「何を言うかと思えば、? 我ら騎士団は王の為、そして王都に住む住人は騎士団の為に働いて何が悪い」


 「この人達にだって家族はいるんだろ? 人の意思を勝手に、一体この人達が何をしたんだよ?」


 「ふん、些細な事だな。ここでは我らが規律ルールだ。それに従えないのならば本来は死罪だ。それを有効活用して何が悪い? まぁコレらもどうせ長くは保たないだろうからな。最後に我らの為に働けるんだ。コレらにとって一番の幸せだろう」


 それだけを聞くと十夜はただ短く「そっか」と答えた。

 そして、

 ゆっくりと両手を前に突き出し掌をデュミナスへと向ける。



 「もういい分かった。お前、今はもう喋んな。とりあえずお前からは色々聞きたい事あるからまずは―――――」



 十夜は鋭い視線をデュナミスへと向ける。

 そんな彼に同調するように蓮花も、そして万里も真面目な表情で構える。


 「お前をそのくだらない思想ごとぶっ潰してやる。後悔すんなよ」


 この世界にやって来て、

 十夜は初めて真剣に怒気を孕んだ声で布告する。

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