第19話

 十夜は部屋から顔を出し上を見上げた。

 異世界に来て初めて迎える夜はやはりファンタジーが満載で夜空には月が二つ浮かんでいた。


 「やっぱり異世界だなぁ」


 何度この台詞を吐いたか分からないほどの出来事が一日で多すぎるほど押し寄せてきた。

 本来ならば〝あの〟有名な異世界にやって来たならテンションが上がってもおかしくないのだが、十夜は素直に喜べなかった。


 「(何としてでも元の世界に戻らなきゃなんねぇ。でも手懸かりが少なすぎる)」


 あれから話し合ったのだが、結局元の世界に戻る方法とやらは見つからなかった。

 しかしまだ希望はあった。


 この異世界――――『グランセフィーロ』は大小様々だがそれぞれ統治されている大陸が三つあった。


 一つはこの『ディアケテル王国』が統治するディアケテル領土。

 そして色々とこの国と揉めている『マルクトゥス帝国』が治めるマルクトゥス領土。

 もう一つは〝神域〟と呼ばれている『聖王教会』が治める『ダァト領土』の三つがあった。


 「何処かに手懸かりがあるはず、か」


 そんな事を呟いていると、


 「物思いに耽るのも結構ですが、明日も朝早いですよ? さっさと寝てはどうですか?」


 と、その声は頭上から聞こえてきた。

 視線を上に向けると、十夜と同じように窓から月を眺めている蓮花の姿があった。


 お風呂上がりなのか、寝る前なのか、いつの間にかラフな格好に着替えていた。


 「って鳴上さんや、貴女はいつの間にお着替えをされたんですか? ってか着替え持ってたの?」

 「当たり前じゃないですか―――――と言っても偶然ですよ。本来は今日体育があったんで持ってきてたんです」


 忘れがちだが、蓮花も十夜と同じく学生だった事を思い出す。

 今日の戦闘ではそんな風には見えなかったから恐ろしい。


 「何か失礼な事を考えてません?」

 「イイエソンナコトナイヨ」


 下手な事を言うと苦無が飛んでくるのでそれ以上は何も言わなかった。

 しばらく無言が続く。

 何か会話が無いかと考え始めていると、蓮花がポツリと質問をしてきた。


 「神無月くんは色々と詳しいのですね?」


 それは何を指して言ったのか分からなかった。

 初めは異世界の事を言っているのかと思ったのだが、すぐに違うと分かった。


 「――――――――――友達ダチがな、薬物に手を出しやがったんだ。それと同じ臭いがした」


 それは日常ではなく、〝非〟日常の話。

 決して他人事ではないいつか襲い掛かるかもしれない人災。

 そんな十夜に何と言えばいいのかを迷っていると、


 「ま、今は更生してるって聞いたからどっかで養生してるんだろうよ」


 重い空気を飛ばすように十夜は軽く言った。

 そんな彼の気遣いの様なものを感じた蓮花はそれ以上は何も言わなかった。

 夜風が蓮花の頬を撫でる。

 風の中に仄かに甘い香りが漂う。

 鼻腔を擽るその香りに蓮花は宿に備え付けられていた石鹸の香りだろうかとふと思っていると、十夜の鋭い声が響く。


 「鳴上ッッッ!!」


 


 「まさかッ!?」


 慌てて鼻と口を塞ぐ。

 判断が早かったのか少し頭がボーッとしてしまうが、それでも動きには問題はなかった。


 「万里!! 起きろ!」

 「とっくに目が覚めとりますぞ」


 隣の窓から出てきた顔は不機嫌さを隠しきれていなかった。


 「まったく、二人の蜜月を邪魔するとは…………」

 「蜜月?」

 「知らなければいいんですよ神無月くん。あと永城さんは眉間を撃ち抜きます」


 そんなやり取りをしていると、宿屋を囲むように街の人間が覚束ない足取りでやって来た。

 もれなく全員の目が虚ろだ。


 「何かこんな映画観たことあるぞ」


 十夜が呟くと街の人々を掻き分け一人の男が歩いてくる。

 ガシャガシャと重音を鳴らしながらやって来た男は群青色の鎧を纏っていた。


 「傾聴せよ! 『迷い人』達よ!!」


 夜だというのにも関わらず声が街中に響いた。

 三人が様子を伺っていると群青の騎士は腰に差していた長剣ロングソードを引き抜きその切っ先を宿の客室―――――十夜達へと向けた。


 「我は『王国騎士団』第四師団副団長デュナミス! 貴公らを捕らえに来たッ!!」


 群青の騎士、デュナミスがそう宣言した。

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