第17話

 「何ですって? ペテルとギュイが?」


 薄暗い地下ではその場には不釣り合いな格好の男がいた。

 そこは強制労働施設として機能しており、主に王国内で犯罪を犯した者を強制的に働かせている施設だ。

 

 男は青銅の鎧を身に纏い顔立ちはお世辞にも整っているとは言い難かった。

 その雰囲気は罪人のようにねっとりと陰湿なモノを纏っており、彼が犯罪を犯したからこの地下労働施設にいると言われても違和感はないほどだった。


 『王国騎士団』第四師団団長エスカトーレ・マグィナツ。


 それが男の名だった。

 そしてもう一人、彼の腹心であるデュナミスは片膝を地面に付け頭を垂れている。


 「はい。部下の報告によりますと街の路地裏に倒れていたとの事です。外傷は無かったのですが…………その、


 デュナミスは言い難そうに言葉を詰まらせる。

 そんな煮え切らないデュナミスの態度にエスカトーレは不機嫌を隠さない。


 「はっきり言いなさい」

 「はっ、二人には外傷は無いのですが―――――


 デュナミスが言うには、例の二人は路地裏で倒れていたのだが彼らはガタガタと震え目が虚ろになり渇いた笑い声を上げながら穴という穴から水分が漏れていたそうだった。

 実際、デュナミスも様子を見に行ったらしいのだがとてもではないが話が出来る状態ではなかった。

 流石におかしいと思い、こうして上司である目の前の男に報告をしたわけなのだ。


 「なるほど。―――――チッ、まさか他の師団長に勘づかれた? いえ、それはないか…………私の作戦は完璧だ。〝アレ〟の存在もまだ知られていない」


 ブツブツと呟くエスカトーレは自身の爪を噛み続ける。

 今の彼の地位は非常に危うい。

 裏で手を回しやっとの想いで王国騎士団の団長に選ばれたのだ。

 ここで『計画』が崩れてしまったら全てが水の泡だ。


 「しかし、色々と面倒事が次から次へと―――――で? 例の『迷い人』達は?」

 「はい、連中は『ブレッドの宿屋』へ宿泊するとの報告を受けています」


 デュナミスの報告を受け、口の端を釣り上げる。

 エスカトーレが宮殿内から〝彼ら〟を発見した時には思わず歓喜の声を上げそうになったが必死に堪えていた。

 ペテルとギュイの二人に関しては想定外の事だが、それ以外は概ね順調に〝計画〟は進んでいる。


 「よろしい。では第四師団副団長デュナミス」


 エスカトーレは自分の腹心の名を呼ぶ。

 彼がデュナミスを副団長と呼ぶ時は表向きの顔の時だ。


 「なんなりと」

 「『迷い人』がいるという宿へ向かい至急拘束しなさい。もちろん事を荒立てるのではなく、あくまで慎重に。抵抗するなら手足を切り落としても問題はありませんよ」


 事を荒立てるな、その指示とは真逆の事を告げる狂人エスカトーレは歪な笑みを浮かべる。

 そんな彼に対してもデュナミスは異論を挟む訳でもなくただ一言だけ、


 「必ずや、御期待に―――――」


 それだけを伝えるとそのまま闇の中へと消えていった。

 残されたエスカトーレは地下の労働施設で肩を震わせる。


 「ふ、ふはは―――――」


 揺れは大きく、そして凶笑を上げる。


 「ふはははっ、あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃはァァァァァッッッ!!」


 地下に木霊する笑いは聞く者を震え上がらせる。

 今、この空間は狂気に支配されていた。


 「ようやく、ようやくですッッッ!!」


 エスカトーレは両手を広げ声高らかにうたう。

 子供に言い聞かせるように、狂言者のように。


 「あぅ」


 どさっとエスカトーレの背後で誰かが倒れる音と小さな悲鳴が聞こえた。

 まだ年端もいかない少女に駆け寄る少し年上の少年。


 「大丈夫か?」

 「う、うん」


 二人は兄妹なのだろう。

 少し外見が似ているがそんなものエスカトーレには関係が無かった。


 「何を―――――――――――しているのですかッッッ!!」


 鎧に身を固めた足で二人を蹴り上げる。

 悲鳴を上げて転がる二人は腹部を押さえ咳き込む。

 その様子を見ていた他の労働者達がまだ幼い二人に駆け寄っていく。


 「だ、大丈夫か?」

 「ひでぇ」


 心配している労働者も服はボロボロで顔は疲れ果てている。

 ここで働かされている者達なのだろうが、そこにいる全員が疲れ果てて最早生気が感じられなかった。


 「ふん、ゴミ共が。お前らは私の為だけに働いていればいい」


 そう言ってエスカトーレは去っていく。

 その場に残された者は絶望を感じていた。

 ここから出る事が出来ない、そう思ってしまうと残されるのは絶望しかないのだ。


 「おにいちゃん」


 妹が兄の袖を掴む。

 しかし弱々しいその力は彼女が疲弊しきっている表れだった。


 「大丈夫―――――誰かが助けてくれるよ」


 そんなものは妄言に過ぎない。

 しかしここで希望を失えばそれこそ終わりだった。

 だから、

 だから


 「誰でもいい―――――誰でもいいから…………妹を、リューシカを助けてよッ」


 幼い兄妹のフェリスとリューシカはボロボロになった手をお互いで慰めあうように握り合った。

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