第16話
一方、鳴上蓮花は『ブレッドの宿屋』の受付フロアに置いてあるテーブルでお茶をしながら待ち人を待っていた。
時間を指定していなかった自分の落ち度を反省しつつ、いつまでも来ない男二人を待っていたのだ。
「(私とした事が…………失敗しました)」
必要な情報―――――というよりもこの世界の事を色々調べ回ったのだが、少し楽しんでしまい時間を忘れていたというのもあった。
だから二人が先に待っていたら謝罪しようと心掛けていたのだが、それも徒労に終わってしまったのだ。
「おぉ、蓮花殿。お早いですな」
宿の扉が開くと今日一日で聞き慣れた声がフロアに響く。
しかし、やはり宿屋なだけあり、至る所からの観光客が多い為そこまで目立つ事はなかった。
「えぇ、かなり―――――かなり待ちました」
自分の事を棚に上げてよく言うと、自分でも情けなく思ったがそれにしても時間にルーズ過ぎる。
すると万里はカカッと笑うと正面に座った。
受付の女性が万里の元へやって来て飲み物を伺っていた。
「お茶はありますかな?」
「はい、王国自慢のお茶があります。しばらくお待ちくださいね」
そう言って女性はカウンターの向こう側へと入っていった。
「――――――――――――お酒じゃないんですね?」
「いや、酒もいいかと思ったんだが、さすがに今後の話し合いの場ではお茶の方がいいであろう? まぁ酒を飲ませてくれるなら飲むが」
いい訳ないでしょう、と一蹴すると二人は向かい合わせで無言が続いた。
いつもは万里が物珍しそうに色々喋ってくれるのでそれに対して相槌を打つだけだったのだが、今回はやけに静かだった。
しばらく無言でいると、
「蓮花殿と十夜殿は――――――交際をしているのかな?」
ブフォッ!! と口に含んでいたお茶を噴出した。
何言ってるんだこの生臭坊主は? と無言で圧力をかける蓮花の表情を見てそれが失言だった事に気付いた万里は両手を振り謝罪する。
「スマンスマン! 十夜殿を待っている姿を見ていると逢引の約束をすっぽかされた女子のように見えてな」
時間を気にしているのは事実だが、それでも十夜と付き合っていると言われれば底知れぬ悪寒のようなものが背筋を奔る。
「――――――――――時間を気にしていたのは後どれぐらい待てばいいのか、という事と時間を決めておかなかった私の責だと思っていたのです」
「まぁ仕方あるまい。拙僧も本来ならばとっくに着いてたはずだったんだが、迷いに迷ってここに送ってもらったんでな!」
万里が振り返り軽く手を振った。
そこには、なんと先ほど『モナリの酒場』で揉めた剣士風の男たちがペコペコとしながら会釈してきたのだ。
「送ってもらったって、あの人達にですか?」
「そうですぞ。まぁ出会いは最悪でも人との縁は一期一会。これも何かしらの〝
たまに酔っていても酔ってなくてもまともな事を言うものだと蓮花は感心していた。
「さて、では蓮花殿は十夜殿とは付き合っておらぬ、という話でしたが」
「―――――まだ引っ張りますか?」
蓮花が苦無を手にし投げつけてやろうかと思ったところ、
「単刀直入に聞きましょう。あの神無月十夜というのは一体何者ですかな?」
何者、それは蓮花も気になっていた事だった。
不思議といえば目の前にいるこの自称〝破戒僧〟も十二分に謎だが、十夜に関して言えば更に謎の存在なのだ。
それは今日の昼頃にもその思いは強くなっていた。
「見たであろう? 剣で斬りつけられても傷はおろか血の一滴も出ない彼の身体を」
そう、それにおかしい事はまだあった。
それは『メムの森』でのオーガとの一戦。
強烈な一撃をガードしていたとはいえ、まともに食らったのだ。
しかし蓮花が駆け付けた時には彼が着用していた制服は泥だらけだったが、彼自身は傷一つ負っていなかったのだ。
「物の怪の類、それか実は彼が拙僧らをこの世界に呼び出した張本人―――――疑えば疑うほど少しばかり怪しくての。しかも彼の扱う体術、アレは人を確実に殺す事が出来る技―――――本人は加減をしておるが、全力で放てばどうなることやら」
確かに万里の言うのも一理ある。
本人は自分自身を〝呪われている〟と言っていた。
もし、仮にそれが本当だとしたら今回の件と何か関係があるのだろうか?
蓮花には答えが分からない。
分からないが―――――。
「正直に言いますと私もどこまで信用していいのか分かりません。ですが、恐らく彼は私達と同じ境遇だと思いますよ」
半日ほどしか共に過ごしてはいないが、それでも彼が元凶だとは考えにくいのだ。
「ほう、それはどういう確証が?」
「ないですよ。これはただの女の勘というやつです」
イタズラっぽく笑った。
十夜には〝秘密〟はある。
それは間違いない。
しかし、自分の直感を信じてみる事にしたのだ。
「うぇッ! もういたのかよ! 悪い、遅くなった!!」
いつもと変わらない感じで少年が宿屋に入ってきた。
それを見て蓮花は微笑む。
「確かに彼は〝何か〟を隠しているのかもしれません。ですがそれは私も―――――貴方もでしょう?」
蓮花の問い掛けに
「カカッ、その通りですな」
「何だよ? 人の顔見て笑って」
何もないと二人が答えると丁度タイミング良く頼んでいたお茶が持ってこられた。
ここから、異世界に召喚された奇妙な三人の物語は始まったばかりだった。
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