第14話

 「ようこそ! 『モナリの酒場』へ! 三名様ご案内で~す♪」


 酒場、と言うだけあって中は昼間からどんちゃん騒ぎで賑わっていた。

 一応は十夜と蓮花の二人は未成年だが大丈夫なのだろうか? と疑問だったのだがそこは頼れる大人ばんりが隣にいたので問題なく席に着き料理を頼んだ。


 「ふぅ、しかし騒がしいですね」


 蓮花がため息を漏らす。

 こういった場所に慣れていないのか疲れた表情をしていたのだが、背に腹は代えられないので仕方なく我慢している。

 そんな表情が丸分かりだった。


 「そうなのか? 拙僧は特に気にせんが―――――すまぬそこのお嬢さん、酒を持ってきてくれんかの?」

 「おいおい、昼間っから酒ってどんな生臭坊主だよ」


 流石は〝自称〟破戒僧だけはある。

 俗物に染まり切っていた。


 「カカッ! 拙僧はこれでも出家した身。だが己が欲望に忠実なのも人間というものよ!」


 豪快に笑う万里は酒場の女性が冷たいグラスに入った琥珀色の液体を持ってくると一気に流し込む。

 何か一番ここに馴染んでる気がすると十夜は秘かに思ったが口には出さなかった。


 「はーい! お待たせしましたぁ! お任せ料理でぇす!! まずは『マドンゴラのサラダ』と『ウィップのスープ』、メインに『ボアのステーキ』でぇすっ」


 並べられた料理はどれも見たことが無く値段の割には豪勢に思えた。


 「おぉ」


 思わず生唾を飲み込む。

 ここに来て初めての食事なのだ。

 空腹も相俟って凄く、いやめちゃくちゃ美味しかった。

 しばらくして出された料理を堪能した三人は改めて今後の方針を定める為にテーブルを囲んでいた。


 「さて、これからどうしますか? 私はここの店員さんが近くに『王立図書館』なるものがあるそうなのでそこへ情報を仕入れに行こうかと」


 蓮花はいつの間にか頼んでいた『モモンパフェ』というデザートを食べながら真剣に語っていた。

 そんな彼女の口元には白いクリームを付けているのでなんか可愛かった。


 「ふむ、ならば拙僧はもう少しこの酒場で情報を仕入れよう。先ほどから見るにここは外からの客人も多いようだ。この王国の外の情報も入ろうぞ」

 「なるほど、万里の言い分は一理あるな。酒場ってのは情報収集には持って来いだってゲームや小説なんかにもあるしな―――――じゃあ俺は外に出て魔物が落とした『魔力結晶』を売って今後の資金源にでもするか…………あとやっぱりおっちゃんが言ってた事も気になるからフェリスとリューシカの二人も探しとくよ」


 あれだけ門前で揉めていたにも拘らず掌を返したように入国を良しとしたというのもきな臭いものを感じていた。

 心配し過ぎだったら普通の徒労で終わるが、何かとんでもない事に巻き込まれてでもしたら目覚めが悪い。


 「よし、ならそれぞれの方向性が決まったところで―――――」


 そこで十夜はふと言葉が途切れた。

 あまりにも不自然な途切れ方だったが、その辺りは変とも妙だとも蓮花と万里は思わなかった。


 「よぉ」

 「ええ」

 「ふむ」


 三者三様の反応。

 少しどうやらハメを外し過ぎたようだった。


 「よォ、観光客かい?」


 屈強な男が声をかけてきた。

 卑下た笑みを浮かべた男はニヤニヤとしておりその後ろには同じような男達が六人ほど立っていた。


 「まぁ、そんなトコだ」


 十夜は答える。

 あまり目立たないようにしようとしていたのだが、やはり他から見ればかなり浮いていたのだろう。

 男達の一人、リーダー格の男が蓮花の隣にやってくる。


 「俺達はちぃっとばかしこの辺に詳しくてな。もしよければ案内してやろうか? まぁ礼はしてもらうけどな」


 リーダーの男が笑うと周りも感染したかのように笑いだす。

 十夜は周囲を見回すが、誰も止めに入ろうとはしない。

 どうやらここではこれが日常なのか、それともこの男は誰にも何も言わせないほどの力を持っているのか?

 それともその両方なのか?

 あからさまに嫌な顔を隠そうともしない蓮花が身をよじらせながら、


 「申し訳ありませんがお断りします。一応これでもこの方達の保護者のようなものなので目を離せないんです。だから他を当たって下さいませ」


 いうに事欠いて保護者面されるとは思わなかった十夜は苦虫を嚙み潰したような、万里は何も気にしていないのか、同じようにカカッと笑っている。

 しかし、その一言で男達は簡単には引き下がらない。


 「まぁそう言うなよ、そんな貧相な野郎共は放っておいて姉ちゃんは俺と一緒に楽しもうぜぇ」


 舌なめずりをし厭らしく蓮花の肩へと手を置いた。


 「ッッッ!!」


 蓮花は男の手を取るとそのまま自分よりも大きな男を投げ飛ばし店の外へと投げ飛ばした。

 一瞬何が起きたのか分からない男達はポカンと口を間抜けみたいに開けている。


 「あら? 失礼しました―――――


 あっけらかんと、そう言ってのける。

 万里は豪快に、十夜は頭を押さえてため息をつく。

 まぁこうなるとは思っていたのだが、起きた事は仕方がない。

 それに、

 先ほどからじろじろと見られていたのは気付いていた。


 「て、テメェッッッ!!」


 男の一人が腰に差していた両刃の剣を抜く―――――いや、

 あまりにも自然に近付かれていたので、懐に入られた男は驚いていた。


 「ったく、往来の場所で剣なんか抜くなよな」


 軽く握った拳をスッと男の顎になぞる様に揺らす。

 脳が横に揺らされた男は意識がハッキリしてるも、身体がまともに動かずそのまま崩れ落ちる。


 「おっ、喧嘩か!! やはり酒場ではこうでなければのォ!!」


 万里は立ち上がると、向かって来る男の顔面をその大きな手でガッチリと掴む。

 万里が相手をしていた男も中々に大柄だが、それでも力の差が分かったのかもがくので精一杯だった。


 「ほれ!!」


 蓮花が技術で投げ飛ばしたのなら、万里は力尽くで投げ飛ばす。

 酒場の中は最早カオスな状況だった。


 「て、テメェら―――――――――」


 最初に投げ飛ばされたリーダー格の男が剣を抜き、

 自分を投げ飛ばした蓮花ではなく、暴れ回っている万里でもなく、

 ほぼ目立っていない十夜を目掛けて剣を向ける。


 「し、ねぇぇえぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!」


 この酒場で強気でいれるという事はそれなりの実力を持っているのだろう。

 動きも少し大雑把だが、それでも彼らがいた日本の不良とは違う。

 相手は正真正銘、この世界でいう所の剣士なのだ。

 その一撃は一般人ならば真っ二つになるほどの剛剣を、十夜の身体を切り裂いた。

 右上から左の腰へ袈裟斬りに一閃。

 だが、


 「


 目の前の少年は傷は愚か


 「な―――――」


 リーダー格の男は驚愕する。

 確かに人を斬った感覚は手に残っている。

 だが、

 目の前にいる少年は何事も無かったかのように平然とその場に立っていた。


 「悪いけど、俺らも暇じゃねーんだ」


 十夜はそのまま男の懐に入る。

 腰を捻り、右手を熊の手の様に指を折り曲げ弓のように引き絞り捩じる。


 「ちゃんと加減はしてやる」


 男の鳩尾へ向かって腰を捻り、右手を捻りながら突き出す。


 神無流絶招かみなしりゅうぜっしょう―――――鬼神楽弐式おにかぐらにしき鬼槌おにづち


 『メムの森』でオーガに一撃を喰らわせた十夜の技。

 十夜が放った捻じれた衝撃は男が胸に付けていた防具プレートを浸透させ肉体ではなく、その内側へ衝撃を通した。


 「が、――――――――――はっ」


 リーダー格の男は白目を剥き胃に入っていた物を吐き出しながら床へ沈んだ。

 それを見ていた周りの客は歓声を上げる。


 「加減はしてやったから大丈夫だと思うんだが…………大丈夫だよな?」

 「まぁ死にはせんだろ? それにしても鮮やかな技―――――拙僧も一度手合わせ願いたいですぞ!」


 万里が笑いながらグラスに入った琥珀色の飲み物を飲み干す。

 彼の下には男達が倒れていて積み上げられた彼らを椅子にして飲んでいた。

 何とも無茶苦茶な坊主だ。


 「それよりどうします? ここまで目立つのは些か問題ですね」


 蓮花が残った男達を酒場の壁に苦無を投げ磔にしていた。

 絵面がかなりシュールだ。

 しかも他人事のように言っているが事の発端は一体誰だったのかを理解していないのだろうか。


 「まぁこれ以上ここに迷惑を掛けんのもなぁ………………一旦外へ出るか?」


 十夜の意見に賛成をした二人はそのまま酒場を後にする。

 せっかくいい店を見つけたのだが、これで行けなくなってしまったのは彼らにとって誤算だった。

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