第6話

 「(クソがッッッ!? 息が出来ねぇ!?)」


 川に引き摺り込まれた十夜は必死にもがくがスライムが掴めないせいで息がまともに出来なかった。

 それだけではない。

 水の中で分かり難いが、スライムは一匹だけではなかった。

 数匹、数十匹のスライムが顔だけでなく手や、足や、身体に纏わりついてくるのだ。

 スライム特有の粘膜が手で押し返そうにも剥がれない。

 何かの小説で読んだのだが、スライムは実は強いというのを聞いた事があったのだがそれは本当なのだろう。


 「(だからっていきなり序盤で大量のスライムってナシだろ!!)」


 息が続かない。

 酸素が脳に届かなくなってきた。


 「(く、―――――そ、が)」


 正直このまま何も分からないまま死んでしまうのは十夜にとっても不本意だった。

 元の世界に戻る。

 それが今彼を突き動かす原動力なのだ。

 ならば、

 今、彼がすべき事は――――――――――。


 「(仕方ねぇ!!)」


 意識を保ち、力を振り絞る。

 上手く動かない身体に鞭を打つかのように両手を合わせる。

 すると不思議な事が十夜の身体に起きた。

 チラリと見えていた十夜の肌にぼんやりとだが〝痣〟が浮かび上がった。

 その痣は徐々に濃くなっていき、

 やがて水底に辿り着こうかとなった時に地面に〝影〟が出来た。

 そして、

 その十夜の影から


 「(さぁ―――――――――――――――――)」


 うぞうぞと十夜の影から出て来たその黒い手はスライムに張り付くと、ぶちぶちと音を立て引き千切り十夜の影へと取り込んでいく。

 痛覚があるのかないのか分からないが、それでも数十匹のスライムがなす術もなく影に取り込まれていく。

 十夜の息が限界を迎えるのか。

 それともスライムが黒い手によって影に取り込まれていくのが先か。

 その結果は火を見るよりも明らかだった。

 十夜に絡んでいたスライムは十秒もせずに次々と影に取り込まれ―――――。


 「―――――ぶふぉっ!! はぁはぁはぁっ」


 スライムは全て十夜の影に

 酸素を送り込むのに必死で周りを見ていなかったが、血の匂いが辺りに充満していた。

 ぼやける視界を必死に凝らすと周囲には大量の魔物の死体が積まれていたのだ。


 「無事だったようですね――――――お互いに」


 頭上から声がしたので見上げてみると木の上で血塗れになった蓮花が少し疲れたように肩で息をしていた。


 「お、おい、大丈夫―――――なのか?」

 「それを貴方が言いますか? 私より貴方の方が酷い顔をしてますよ?」


 さすがに疲れていたのか、蓮花の言葉には先ほどまでの棘の様なものは感じなかった。

 どうやらお互い大変な目に合っていたようだ。


 「あぁ、―――――俺、しばらく水はいいや」

 「そうですか、私は今すぐにでも水を浴びたいです」


 そんな軽口を叩きながらも二人はその日、初めて笑った。

 色々と後処理の為、十夜は水から上がり服を乾かすためにその辺に服を掛け、少し離れた場所で蓮花が制服を脱いで水浴びをしていた時だった。


 「えっ、じゃあ俺がスライムを相手にしてた時そんなに魔物が来てたのか?」


 事後報告ではあったが情報共有の為にお互いに何があったのかを報告し合っていた。

 十夜はがスライムと格闘中に今まで出会った魔物の大群と交戦をしていたようだった。


 「まぁそうですね。さすがにあの量は骨が折れましたが、先ほど退治した大百足の毒を採取していたのがよかったのかもしれなかったです」


 蓮花が言うには、大百足の唾液には神経毒があったようなのでそれを苦無や小太刀に塗っていたとの事だった。

 確かに思い返してみれば何か百足の近くでごそごそとやってたなぁと思い出しつつもあの百足の大きさに背筋を凍らせていた。

 そんな彼女の豪胆さに感動すら覚えつつ、霧散した魔物から色々とアイテムを採取していた。

 その間も十夜はそわそわと何か落ち着かなかった。

 この岩の向こう側では年頃の女の子が一糸纏わぬ姿で水浴びをしているのだ。

 健全な男子ならば落ち着けるわけがない! ないのだ!!

 そんな思春期真っ只中な十夜しょうねんの健全な思考の最中、


 「あの、一つ聞いてもいいですか?」


 と珍しく歯切れの悪い様子の蓮花が声を掛けてきた。


 「うぇっ、な、なんだ?」


 邪まな考えがバレたのか、と冷や汗を掻いているとどうやらそうではなかったようだった。


 「―――――?」

 「何だ、見えてたのか?」


 いずれはバレると思っていたので大したリアクションをしなかったが、さすがくノ一だった。

 激しい戦闘中でも周囲の異変には敏感なのだろう。


 「何って言われたら説明し辛いんだが……………まぁ鳴上のを知って俺のは秘密って訳じゃねーけどさ、


 空を見上げながら十夜はぽつりと語りだした。


 「多分なんだけど、これはなんだと思う」

 「呪い、ですか?」


 蓮花は聞き返した。

 これはまた物騒な単語が出て来たものだ。

 そう思っていると、十夜は何でもない様に語りだす。


 「まぁよくあるつまんねー話、どっかの馬鹿がってわけ。俺の〝痣〟見えたろ?」

 「えぇ、今は消えたようですけど―――――やはり見間違いでは無かったんですか?」


 蓮花はハッキリとは見えなかったので追及はしなかったが確かに袖から除かせていた〝痣〟は気が付けば消えていたのだ。


 「まぁ、簡単にいえば〝アレ〟が呪いの象徴だと。どんな霊能力者もお手上げでどうすりゃ解けるかも分かんねーってオチだな」


 どこか他人事のように話す十夜の態度に違和感を覚えるが、不可思議な力だというのは間違いはないだろう。

 水の中での出来事だったのでハッキリとは見えなかったが、嫌な気配を感じたのは事実だった。

 それが彼の言う〝呪い〟だとすれば説明がつく。


 「ま、そんないいもんでもないけど〝コイツ〟はちょっとした限定的に出てくるだけだから、戦力的にはアテには出来ねーぞ」


 おどけながらも岩の向こうにいる蓮花に明るく言った。

 そんな十夜の声に「そうですか」と短く答えるだけだった。

 もちろん全てを納得したわけではない。

 本当にそれだけならば、あれほどの場慣れした動きは素人では説明がつかない。

 しかし、今は少しでも知れただけでも良しとしようと蓮花は思った。


 服も乾き、そろそろ出発をしようとした矢先だった。

 ふと気になる事があったので十夜は感じた事を聞いてみた。


 「少し思ったんだけどよ、何か異常じゃねーか?」


 異常なのはここに来てから今までの全てが異常なのだが、そうではないのかと聞いてみた。

 しかし十夜が感じた疑問はそこではなかった。


 「いや、魔物ってこんなに出てくるもんなのかね? って思ったんだよ」

 「私には一般的な魔物の概念は分かりませんが、そんなものなのでは?」


 それを言っちゃ終わりなのだが、気になったのはそこではなかった。


 「んー、何つーか―――――

 「ッッッ」


 確かに妙だった。

 ここが地球、延いては日本ではなく〝異世界〟という事だったので大して気にしていなかったのだが、おかしい事は多々あった。

 まずはこの森に入って感じた違和感は魔物に統一性が無かった。

 どんな生物にも習性と言うものがある。

 しかしこの森の魔物はどう言ったわけか狼に猪に鳥が一斉に襲ってくる。

 魔物は人間に害を成す、と言われてしまえばそれまでなのだが、それでも変なものは変だった。


 「例えばですが、、と?」

 「まぁ、例えば、だけどな」


 その時だった。


 「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッ!!」


 大気を震わすほどの咆哮が轟く。

 今まで聞いた事のない咆哮に二人は立ち上がった。


 「近いな」


 十夜が呟いた。

 どうやらその『元凶』が近くにいるようだった。

 十夜と蓮花は顔を合わせ頷くと雄叫びが聞こえた場所へと足を運ぶ。

 そこに〝何か〟がいるという予感があった。

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