第5話

 とにかく『メムの森』は広かった。

 舗装されたような道は出てくるも気軽にキャンプとはならなかった。

 ブラックハウンドの群れもそうなのだが、翼を広げると成人男性ほどの体長のあった大型の鳥や猪のような魔物ならいざ知れず、さすがに大きな百足が出て来た時には肝を冷やしたのを覚えている。

 だが、それでもこの『メムの森』に入ったという大柄な人物と言うのは発見する事が出来なかった。


 「それにしても暑いですね」

 「あぁ、それに喉が渇いた」


 森に入って一時間ほど経過しただろうか。

 目的地ではなく、人の捜索のせいなのかさ迷い続けたまま歩いているので一向にゴールが見えていなかった。


 「それにしても、神無月くんは


 今日一日で何度目かの駄目出しを蓮花から食らった十夜。

 それについて何も言えないので「す、すまん」と言葉を濁すだけだった。

 大きい鳥型の魔物が襲来した時や猪の魔物が襲い掛かって来た時は何とか撃退できたのだが、大百足の魔物の時は酷かったのだ。

 まず戦闘には参加せず遠目から応援するだけ。

 そして何とか撃退した時は横から何かのアイテムを落とした時だけは近寄ってくるなど、まぁ言うなれば他人任せが多かったのだ。


 「(喧嘩だけが取り柄だと言ってましたけど、?)」


 蓮花が訝しげに頭を捻った。

 と言うのも、先ほどのブラックハウンド戦や鳥や猪の魔物と戦闘する際は特に目立った動きをする訳ではなかった。

 自分が渡した苦無や小太刀を器用に使いながら徒手空拳でトドメを刺すぐらいだった。

 しかし、大百足の時は違った。

 確かに「気持ち悪い! 無理無理!!」と叫びながら逃げてはいたのだが、蓮花の邪魔にならない様に立ち振る舞っていた。

 しかもああ言った百足の胴体は硬く刃が通りにくいのにも関わらず一撃だけ背後から殴りつけたのだが、

 何の変哲もない一撃が、だ。

 一般人なら腰が引けるのも分かる。

 しかしこういった戦闘に対して物怖じしないどころか、蓮花の邪魔にならない様に立ち振る舞ったりなど、一般人とはかけ離れた動きを見せるものだから蓮花にとって油断ならない相手でもあったのだ。


 「(何度か隙を見せたりもしましたけど何の動きも見せないところを見るとこちらに敵意は無い、と言ったところでしょうか? ですがまだ完全に信用できませんね)」


 同じ境遇に陥ったから仲間意識が芽生える―――――そんな話は聞いた事はあっても実際にそうだとは断言は出来ないものだ。

 裏切る時は裏切る。

 特に今は異世界なんて場所に来ているのだ。

 人の心などすぐに変わってしまう。

 そんな事を思っていると、


 「なぁ鳴上」


 不意に十夜が声を掛けてきた。

 少し驚きつつも何かあったのか、と尋ねてみると。


 「川…………なのかな? 水の流れる音が聞こえねぇか?」


 耳を澄ますと確かに川のせせらぎが耳に届いてくる。

 思わず早足になる二人が目にしたのは澄んだ透明の綺麗な水源だった。

 とにかく水が確保できたのは二人としてもありがたかった。


 「――――――――――ふぅ、水分を取れたのは僥倖でしたね」

 「だな。さすがに飲まず食わずは厳しかった」


 飲める事を確認し、一息をついていた二人は状況を確認した。


 「まずこんな森に入ったところで本当に人なんているのかね?」

 「そうですね―――――魔物がここまで多いとなるとその人も無事かどうかも怪しいものです」


 そんな会話をしている時だった。

 ふと妙な〝気配〟を感じ取った。

 獣のような野性味は無く、それでいて昆虫のような背筋が凍るような気配でもない。

 ただ漠然とした気配。

 こちらに敵意を示すような感じでもなく、だけの感覚。


 「なぁ」


 十夜が声を掛ける。

 何を意味するのか理解した蓮花は無言で頷く。


 「何か―――――いますね」


 〝それ〟が何なのかは分からない。

 しかし、確実に〝何か〟がいる。

 そんな事を思っていると、


 「神無月くん――――――――――あれ」


 蓮花が指を刺した方に

 形状はどう言えばいいのか分からないが、とにかく液体なのか固体なのか不明な生物。

 こういった異世界ではメジャーな魔物の代表格と言えば―――――。


 「『スライム』…………か?」


 ぷよんぷよんと骨格の無い身体を揺らしながらゆっくりと近付いてくる。

 RPGの世界では一番最初に出てくるモンスターで現代の世界ではマスコットキャラクターにもなっている。

 しかし、

 

 それが分かったのは飛んできた一匹のスライムが十夜の顔に張り付いてきたのだ。


 「むぐっ―――――――――――!!?」

 「神無月くんッッッ!?」


 苦無を取り出し投げ放とうとしたのだが、位置が悪かった。

 十夜の顔面に張り付いたスライムに攻撃を仕掛けようにも下手をすれば十夜の眉間に風穴が開き兼ねない。

 そう考えている間にスライムは十夜を川の中に引きずり込んだ。

 助けに行かなければ、そう思った蓮花だったが思わぬ邪魔が入ったのだ。

 彼女の周りをブラックハウンドをはじめ、鳥や猪の魔物が周囲を取り囲んでいたのだ。


 「こんな時にッッッ!?」


 蓮花は苦無と小太刀を構える。

 この世界に来て、共に行動をして初めて分断されてしまったのだった。

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