第1話④ 聖ノクリア教会
「コルト。鳥の巣受け取ってくれ。」
「へーい」
「卵入ってんだから気をつけろよ。」
「へい、へーい」
会合の翌日。俺は、コルトと共にこの島の丘陵地帯にある“聖ノクリア教会”の鐘楼に登っていた。
なぜそんなところに登っていたかというと、あの後、川の上流の調査に加えて、教会の鐘楼にある鳥の巣の保護を頼まれたからだ。今の『小間使い兼雑用係』の仕事をやめるわけにはいかないが、業務内容を明記した契約書を書いて、ゴルドーさんに渡してみようかと本気で考える。まあ、目の前で破られるのが、容易に想像できるけれども…。
親鳥のいない間に、鳥の巣を鐘楼から降ろして、教会の屋根の上の安全そうなところに移した。無事に作業が済んだので、鐘楼から街を見下ろしていた。ここは景色がよく、港町全てが見渡せる。
一頻り景色を見た後、コルトと2人、長い石段で出来た螺旋階段を降りていった。螺旋階段を降りきって、扉を出ると礼拝堂の祭壇横に出てくる。
「あれがこの教会の女神様だっけ?久々に見たけど、やっぱ美人だよなぁ。」
コルトは、祭壇に祀られている石膏像を指差しながら聞いてきた。別に敬虔な信者というわけでもないが、これ以上失礼を起こさないように指摘しておこう。
「正確には神様じゃないんだが…。あと、指を差すのは失礼にあたる。」
「えっ、神様じゃないの?じゃあ、なんの人?」
親友のおつむの程度を知ってるので、これ以上の説明は面倒だなと思って流そうとしたが、純真無垢な瞳でこちらを見てきた。
その瞳が有効利用できるのは5歳児くらいまでだぞ、コルト君。
そんなやり取りをしていると、礼拝堂の奥にある部屋から、賑やかな声が聞こえてきた。そして、勢いよく扉が開くと、小さな子どもたちが駆け出してきた。
「これ。走っては危ないですよ。」
遅れてこの教会のオウル神父が、子どもたちに取り囲まれながら出てきた。
「あ、オウル神父!鳥の巣の移動終わったぜ!」
「ああ、コルト君、シン君。ありがとうございました。」
「こんくらい余裕っすよ!また、いつでも言ってください!」
すかさず、オウル神父にアピールするコルト。
君は、鳥の巣持って立っていただけだよね?鐘楼に登って回収して、新しいところに移したの俺だよね?まあ、わざわざ言わないけどさ…。
この聖ノクリア教会では、週に2度ほど、小さな子どもたちを集めて、文字の読み書きを教えている。コルトも小さいころ通っていたので、オウル神父に教えられていたのだ。神父に褒めてもらいたくて、アピールする辺り、コルトはまだまだ子どもだなぁ。
ちょっとからかってやろうか。
「神父様、元教え子のコルト君は、この教会に大変お世話になったと言うのに、“聖母ノクリア”様についてすっかり忘れてしまったようですよ?」
「そ、そんなことないですよっ!あの…あれでしょ?この島を昔救ってくれた的な…。」
「兄ちゃん、頭悪いからなぁ。」
いつの間にか、コルトの弟カントが横に来ていた。腕組みしながら、ウンウン頷いている。
「…てっめぇ!カント!」
それに腹をたてたコルトが、カントを捕まえようと追いかけ出した。コルトの家族はどこにいても愉快だ。
ちなみに妹のキルトもこの教会に通っていて、先ほどから俺の腰辺りに引っ付いている。
「まあ、私は子どもたちに文字の読み書きを教えているだけで、教会の教義について積極的に教えている訳ではないですからね。」
「私、小さい頃に聞いただけだから、もう一度聞きたいです。」
気を使った神父の発言に、さらに気遣いの言葉を発するキルト。ケイトもそうだが、コルトの兄妹とはとても思えないほどしっかりしている。しかし、キルトがさっきよりもさらに力を入れて引っ付いてくる辺り、もう少しこうしてたかったからという時間稼ぎかもしれない。そうだとしたらなんて計算高いことだろうか。…そんなことないよな?
「それでは、久しぶりに聖母ノクリア様についてお話ししましょうか。」
神父様は、礼拝堂の入口の上にある壁画を見ながら“聖母ノクリアの伝承”について話し始めた。
○
『嘗てこの土地には、世界を創りし神の祝福を受けた島があった。
その島では、自然界にいる精霊たちが、そこらに散らばる石に宿り、人智を超えた自然現象を起こしていた。』
『そこに、国同士の争いに巻き込まれ、逃げ延びてきた人々がやってきた。人々は、精霊たちが宿る石を手にし、その力でもって新たな国を創り始めた。』
『繁栄を極めたその国はやがて、他国に侵略を始めた。周辺の国は、その国の脅威に怯えることになった。』
『そこへ世界を創りし神が、“聖母ノクリア”を遣わした。』
『“聖母ノクリア”は、かの国の力を奪い、その島を封印した。自らを封印の要として…。』
『救世主となった“聖母ノクリア”は今も、海の底からその地に生きるもの全ての命を支え、慈しんでいる。』
○
神父が話し終えたときには、礼拝堂は静まり返っていた。コルトやカントを含め、騒いでいた子どもたちはいつの間にか、礼拝堂の椅子に座り、神父の話に聞き入っていた。
「なるほどね〜。あの女神様は救世主だったんだなぁ。」
静寂は、コルトの素っ頓狂な発言で破られた。だから、神の遣いであって、神様じゃないんだって!
「ねぇ神父様。あの島って浮いてるの?」
「ええ。精霊の石の力で島を浮かしていたそうですよ。」
コルトの発言に苦笑いしてた神父だったが、聞き流すことにしたらしい。小さい男の子の質問に答えていた。
「“空飛ぶ島”のお話みたいだね!」
「あのおとぎ話の?」
「お母さんに聞いたことあるわ!」
「おれも!調子に乗り過ぎるとあのお話みたいに、神様から罰が与えたられるって言われた!」
男の子の質問を皮切りに、他の子どもたちも口々に話しだした。
おとぎ話の定番と言われる“空飛ぶ島”という話がある。その話では、天から落とされた“神の息吹”がこめられた石の力で繁栄した島国が、その力で他の国に攻撃をしかけた為に、天罰がくだり、消え去ったというものだ。どんな力も正しく使うべきと言う教訓とともに、よく話されているのである。
「そういや、シンがこの島に来たのも、お前の父ちゃんが“空飛ぶ島”の研究をしてたからだったな。」
「…まあ…な。」
コルトが、他の子どもたちに聞こえないように、小声で話かけてきた。
俺が未だに父親のことを引きずっていると気を使ってくれたのだろう。普段はガサツなくせに…。
気付かない内に、複雑な顔になっていたのだろう。横にいたキルトが、俺の顔をじっと見ていた…。
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