第1話③ 酒場
商店街から少し逸れ、港や商店街で働く人たちの住む家が並ぶブロックに、マリねえの酒場はある。そこは昔、ファッジ商会の寮として使われていたが、商会が大きくなるにつれて働き手も増え、新しい寮を建てそちらに移ったのだ。
長年使われてなかったが、一階の食堂兼談話スペースだったところを店として改築し、酒場を開いたのだ。手狭ではあるが、元談話スペースだったこともあって、ほっこりとするあたたかな雰囲気がある。地元で働く人たちがたまり場にしていて、常連客の多い店だ。
こっそり入りたいのだが、元寮だった建物なので勝手口のようなものはない。この先の展開を想像して憂鬱な気分になる。
「しかたない…」
ため息を一つついて、店に入る。
「ただい…」
ヒュン トン
何かが空を切るのを感じた。横目で見ると扉に包丁が突き刺さっていた。あっぶねぇ…。
「こら‼シン!!どこほっつき歩いてたんだい!!」
「遊んでねぇよ!残業だっての!」
マリねえのいつもの怒鳴り声を聞き流し、抜き取った包丁とクルトさんから預かった木箱をカウンターに置く。するとゴルドーさんが席から立ち上がり、やってきた。
「おう!!シン!!残業終わったか?」
「いたなら、残業の話、マリねえにしといてくださいよ。」
「わりぃな!酒飲んだら忘れちまってたぜ!がははは!」
豪気で、男気溢れるのが魅力だと言われてる人だが、俺からしたら適当でガサツな人ってだけだと思う。
「シンがなんかしでかしたんでしょ!ごめんねゴルドーさん。」
マリねえが俺の頭に手をのせ、下げさせた。
その時、なぜか無性に腹が立った。
「…なんでマリねえがあやまんだよ。母親ヅラすんな。」
思わず口に出てしまった。空気が固まった気がした。
「…着替えてくる。」
マリねえの手を払いのけて、奥の部屋に向かう。
やってしまった。最近こういうことが多い。マリねえは、シンよりも5つ年上だ。もとから姉御肌なところもあるが、シンといっしょにゴルドーさんのところから出た後は、保護者がわりのように見守ってくれている。とはいえ、家事や食事の用意は当番制だ。一方的に世話になっているわけではない。なんなら、マリねえが忘れてた家事を肩代わりすることもしばしばあるのだ。だから仕方ないとはいえ、立場的に保護者がわりをするマリねえにイラついてしまう。
ざわついた気持ちを抑えながら着替えをすませ、店にもどる。
カウンターでは、ファッジ商会に最近入った若手のバートンが、マリねえを口説こうとしていた。
「マリさん…、えっと、あの、えー、今日もおキレイですね!!」
「ありがと、バートン。」
「さっきのナイフ投げも見事でした!!」
マリねえの顔がひきつり、魚をさばく手が止まる。
声をかけなれていないのが丸わかりな、純なバートンに対して、マリねえは若いがかなりの修羅場を越えてきた大人の女である。なにせとある街の裏社会で“次期首領のオンナ”と言われていたこともあるとか…。
この恋の行方は、終わりの見えた一本道だろう。
そんな甘めな空気が漂うカウンターには向かわず、客の帰ったテーブルを片付けにいく。すると後ろのテーブルから、例の会合の話が聞こえてきた。
「クルトが、今日、河口のあたりをみてきたらしいが、どうも川の上流に問題があるらしい。」
「あの河口の辺りが前は一番魚がとれたんだが、最近は妙に白く濁ってて魚がまったく寄り付かねぇ。」
「近頃、嵐や落雷はなかったと思うが、原因はなんだ?」
「さあな。わかんねぇなら、上流に調査しにいかねぇといけねんじゃねぇか?」
「じゃあ、明日にでも、誰か調査させにいくか。町長、それでいいか?」
「ん、なんだって?まぁ、わしゃようわからんが、みなが言うなら、それでいいんじゃろう。それより、シン!!酒追加じゃ~!!」
それで大丈夫か、町長!?
とりあえずグラスを受け取り、酒を注ぎにいく。
真剣な会合の内容に対して、トボけた返しをしたのが、ダイナダを街として整備する際に選ばれた初代町長のじいさんだ。本当はゴルドーさんを町長にという声もあったが、ゴルドーさんがまだ若く、商会の仕事もあるからと皆の推薦を断ったあと、年長者で顔が広いということで、町長になったのがじいさんだ。この会合が、真剣なのかふざけてるのかいまいちよくわからなくなってるのは、このじいさんのせいかもしれない…。
新しい酒を用意して、席に持っていくと、ふいにゴルドーさんが肩を掴んできた。
やばい。この流れは、やばい。
「…というわけだ。話は聞いてたろ?明日上流の調査に行ってこい。会長命令だ。」
やっぱいらんことまわってきた~!!
またか、とも思うが予想通りでもあった。というのも、こんな話がまわってくるのは今に始まったことではない。
過去には、買い出しの手伝いや掃除に洗濯、屋根の修理や廃品の回収、果ては町長の家から脱走した飼い犬の捜索などなど。どこまでが「小間使い」や「雑用」の範囲に入るのか、問いただしたくなる内容ばかり押し付けられてきた。いいかげんこの不名誉かつ理不尽な役まわりから抜け出したい…。
それでも、今現在の自分には拒否権などなく、応諾するほかないのだが…。
こっそり溜め息をつきつつ、コルトも道連れにしようかと考えていた。
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