第1話② 魚屋にて

「よお、シン!残業か?」


 頭にゴードンさんの拳骨をくらい、宣言通り残業をさせられた帰り道、港から続く商店街で声をかけられた。新鮮な魚が並ぶ店先にいた、エプロン姿のコルトだった。

「誰のせいで残業になったと思ってんだよ。だいたいお前が船の上から大声で呼ぶから…」

「シンにいちゃ~ん!!」


ドスっ ボスっ


文句の一つでも言ってやろうとしたその時、店の奥から二つの影が飛んできて、腹と太ももにタックルをかましてきた。太ももは大丈夫だったが、腹の方はみぞおちあたりにヒットし、その場にうずくまる。

「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか?」

声をかけられ顔をあげると、ケイトがこちらを覗きこんでいた。ケイトはコルトの2つ下の妹だ。ちなみに、さっき飛んできた二つの影は、さらに下の妹のキルトと、末っ子の弟カントだ。

「…いや、大丈夫。慣れてるから」

「よかった!あ、父さんがシンさんに用があるって言ってたわ。ちょっと待っててね。」

落ち着ついていて、丁寧なやりとり。コルトの妹とは思えないほどのしっかり者である。

「お前、シンの前だとおしとやかになるよなぁ。もしかして意識しちゃってるとか?」


ドスっ。


 コルトのいらない一言に、ケイトが素晴らしいボディブローで返した。角度もスピードも完璧。おまけに回転も加わっているとは、お見事。日々繰り返されることは、本人の知らぬ間に実を結んでることもあるらしい。

 その場に崩れ落ちるコルトを捨て置いて、ケイトは店の奥に入っていった。

「…なんて言うか、お前の妹すげぇな。」

「…おう。見ての通りの暴力娘だが、お前の未来の嫁候補にどうだ?」

「そうやっていらないことを言うから、暴力が返ってくるんだよ。」

 毎度の兄妹のこんなやりとりは、家族のいない自分にとってはうらやましいかぎりだ。


 シンは、母親を早くに亡くし、父も数年前にダイナダで亡くなった。しかし、決して孤独というわけではない。家族同然に思える人はいる。身寄りがなくなりゴードンさんに助けてもらった時、一緒に暮らしていたマリねえがいる。


 マリねえことマリ=シュートレイは、とある事情で家を出ており、いろいろと流れていった結果、ゴードンさんに拾われた。2年前までシンと共にゴードンさんの元でお世話になっていたが、今はゴードンさんの勧めもあって酒場を経営している。そしてシンも、ゴードンさんの元を離れマリねえの酒場で暮らしている。


「よう、シン!お疲れさん!」

「クルトさん。おじゃましています。」

早く帰って酒場の手伝いしないとマリねえに怒られるなあと考えていると、コルトの父親クルトさんが出てきた。何やら大きな木箱を抱えている。

「この魚、マリの酒場に持って帰ってくれねえか?」

「今日も会合ですか?」

 会合とは、ゴードンさんが商会の従業員や他の組合関係者、時には町長や役人まで集めて、しょうもないことからわりと重要なことまで、酒を酌み交わしながら決めるといういまいち重要なのかどうかわからない集まりだ。クルトさんは漁業組合長であり、ゴードンさんの幼なじみということで、毎回この会合に呼ばれている。

「立派な魚ですね。」

「まあな。でも傷もんになっちまったから身内で食っちまおうと思ってな。近頃は、なかなかこのサイズの魚が取れなくなってるからな…。」

「最近、不漁なんですか?」

「なんだシン、港で働いてんのにそんなことも知らねえのか?」

「何を偉そうに!俺が今日教えてやったんだろうが!」

 コルトに拳骨が落ちる。いらない一言は身を滅ぼすということをなかなか学習しない親友に冷たい目線を送っておく。


 その後の話をまとめると、不漁は魚の餌が減っていることによるもので、その原因は島の奥地から流れる川にあるらしい。

「自然ってのは循環して巡ってるもんだからな。どっかに異常があれば回りまわって影響がでるもんなのさ。」

「で、その対策を会合で話し合う、と。」

「そういうこったな。そういうわけでその魚よろしくな。」


 どうやら今日の会合は真面目なものらしい。


 魚を受け取り、コルト一家に別れを告げた。

「ずいぶん遅くなったな。マリねえに怒られるんだろうなあ…。」

 急ぎたいのに、邪魔な木箱とその中に入った大物の魚にちょっとイラつきながら、家路を早足で歩いた。



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