第1話① 港町ダイナダ
心地よい海風が頬を撫でた。ふと顔をあげると、海鳥が帆船の帆先をかすめ、島の上空へ舞っていくのが見えた。その姿をしばし見つめる。手を止めて一度伸びをした。一息つこうと、積み荷の木箱に腰をおろす。
俺は、シン=ローガット。この港街ダイナダにある“海洋運送会社ファッジ商会”で、“小間使い兼雑用係”として働いている。
「こらガキンチョ!てめえ、サボってっと残業させっぞ!」
不意をつかれて驚き、声の主を探して見上げると帆船の甲板からこちらを睨む強面のいかつい男の姿が見えた。彼は、ファッジ商会の代表、ゴードン=ファッジだ。
「ガキじゃねぇし。あと3日で15だし…。」
ガキ扱いに腹がたったが、お世話になっている恩人なので小声で言い返しておく。
「人に仕事を恵んでもらってるような奴は、まだまだガキンチョだ!とっとと働け!そうしねぇと…」
「う…。」
聞こえてた…。
ゴードンさんがニヒルな笑顔を作った。強面のおっさんの笑顔ほど恐いものはない。
前にサボったことがバレた時は、倉庫一つ分の荷分け作業を一人でやらされたこともあった。そんな過去の失敗話を抜きにしても、身寄りのない自分を拾ってくれ、この商会で雇ってくれている恩人だ。ガキじゃねぇと言い返してはいるが、世間的には子どもである自分を雇い、給料もくれているわけで、頭があがらない相手なのである。
「はぁ…。」
小さくため息をはき、一度伸びをした。それから、船から港に積み荷を降ろす作業に戻る。
ここダイナダは、人が住み着くには斜面が多く、作物が作りにくい。周りの土地も自然環境が厳しく、昔は小さな村があるだけであった。
そんな何もない土地に若くしてこの商会を立ち上げ、交易港として街を開拓していったのがゴードンさんだ。今では、新たな航路の中継地として重要な役割を持つまでに発展させた凄腕の人物である。
ダイナダには、この海域に点在している島や街から遠くに輸出するために、様々な商品が集まってくる。それらは大抵、小型から中型の帆船によって運ばれてきて、ダイナダに卸される。それをファッジ商会が一度買い取り、大型帆船を持つ業者に売りつけ、大陸に輸出するのである。こうしてファッジ商会は仲介業者として、この何もない土地で成り上がってきたのである。今も大小様々な船がやって来ては、品物のやりとりをしていて、船内から港に積み荷を下ろしているところだ。
しばらく真面目に仕事を続けていたが、積み荷を港に置いたとき、遠くから呼ばれている気がした。周りを見渡してみると沖の方から漁船の集団が帰港してきている。その先頭を進む船の先端で、全力で手を振りながら大声で叫んでいる姿が見える。遠くて顔までははっきりと見えないが、あんなみっともない行動を恥ずかしげもなくできる知り合いは一人しかいない。コルト=フラヌスだ。
コルトは漁師の息子で、今は見習いとして漁船に乗せてもらっている。同世代で唯一信頼を寄せる親友なので無下にもできず、返事を返す。こちらは恥ずかしいので、申し訳程度に手をあげるだけだが。
コルトが親父さんに拳骨を貰うのを見届け、再び作業に戻ろうと帆船に戻りかけた時、対岸の桟橋に大型帆船が着港しているのが目についた。黒塗りの外見に金をあしらった装飾がついている。恐らく金持ちが乗ってる客船だろう。ダイナダは、仲介業が主である土地なので、いろんな名産品や珍味、貴重品が集まってくる。そこで最近では旅行客用の客船も食糧の補給や船の整備もかねて、しばしばダイナダの港に停泊する。
物珍しいので見ていると、乗客が降りてきた。やはり身なりの整ったいかにも金持ちらしき人々が降りてくる。
「やっぱりなぁ…。」
別に、金持ちがうらやましいわけではない。大型帆船に乗っているのは、うらやましいけれども…。惨めな思いをしているわけではないが、見ていていい気はしないので、作業に戻ろうとした時、客船から降りてくる少女が見えた。
金持ちらしき、きらびやかな人々の中、その少女だけは清楚で落ち着いた空気をまとっていた。10代前半の子どものようだが、醸し出す雰囲気は大人びていた。肩まで伸びた薄茶色の髪を海風になびかせ、コートの下から出ている深緑色のスカートを翻し、静かに港に降り立った。そして、ふと顔をあげる。目線があった気がした。
「…。」
やがて少女は、後から降りてきたロングコートを着て、頭に布をすっぽりと被ったちょっと怪しい人物と街の方へ歩き始めた。誘拐かと疑ったが、少女が笑顔で歩いて行くので恐らく旅のお供なのだろう。なぜかその少女と従者らしき人物が気になり目で追っていた。それはほぼ無意識であり、かなり油断していた。背後に恐怖が迫っていることにも気づかないほどに…。
「くぉら!シン!!サボってんじゃねぇ!!」
ゴンっ
頭に衝撃がはしった。
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