ブリージングランド
matsupiyo
プロローグ
重く閉ざされた扉が、淡い緑色の光と共に開かれていく。その光で暗闇の中から彼女の姿が浮かび上がる。僕は、夢中で彼女の手を力いっぱい掴んだ。
「ノクリアーノ!…やめるんだ…。」
「いいえ、フィリオ。私たちだからこそ、終わらせなければならないの…。それが、この力に盲信してきてしまった私たちの償いだから…。」
そう言うと彼女は、掴んでいる自分の手を優しく外し、扉の中へと足を進めた。
彼女の思いはわかっている…。
「エーテル」と呼ばれるエネルギー体がある。
それは魔法のごとく、風や水や火を操り、奇跡のようなことを起こせる摩訶不思議な物質。僕たちは、その魅力に心を奪われ、国が命じるまま、自分たちの生活を捨ててまで没頭し、研究してきたのだ。それを国が何に使おうとしているかは、考えもしないままに…。
共に研究しながら誰よりも近くで彼女を見てきたのは、他ならぬ自分だ。彼女の思いは、自分の思いでもある。しかし、それでも彼女を失いたくないという思いが、心の中で暴れている。それはもうどうしようもなく…。
大切な人の“思い”か“命”か。どちらかしか救えないのならば、選ぶことができるのは、どちらだろうか…。
「ノクリアーノ…。それならば僕も、君と共に行くよ!」
追いかけるように踏み出したとたん、彼女は振り向き、唇を重ねてきた。思いもよらない行動に動揺してしまう。しかし、驚きもつかの間のことだった。身体に熱いものが流れ込んできたと感じた途端、突如として意識が遠退いていった。必死に意識を保とうとするが立っていることもままならず、その場に膝をついてしまう。
「…っ…。ノクリアーノ…。これは…いったい…。」
精一杯の力で顔をあげ彼女を見ると、哀しみをひそませた優しい微笑みでこちらを見ていた。そして、緊急時のシェルターに僕を連れていきロックをかけた。
「…ノクリア…。…ダメだ。やめてくれ…。」
「…ごめんなさい、フィリオ。でも、あなたは生きて…。ありがとう…。」
そうして、彼女は扉の先へと消えていった。
薄れ行く意識の中、心の中を埋め尽くすのはドス黒い憎悪の念だけだった。その矛先は、彼女の“思い”を共に背負うこともできず、“命”も救えないふがいない自分に…。そして、彼女にこんな最期を選ばせるまで追い込んだこの国に向いていた。
ここは、魔法のような奇跡を起こせる国ではなかったのか…。
“神の祝福を受けた島”ではなかったのか…。
未来の希望に溢れた世界ではなかったのか…。
意識が落ちていく…。
憎悪の暗闇の中へ…。
◎
その昔、空中に浮かぶ奇跡のような島国があった。
そこでは、魔法のごとき人知を超えた力が当たり前にあったという。
そこでは、土を操って建造物を作り、風を操って風車を動かし、水を操って作物を育て、火を操って鉄を鍛えていた。
そしてまた、土を操っては地形を変え、風を操っては島を浮かばせ、水を操っては船を転覆させ、火を操っては他国を焼き滅ぼした。
自然を操る魔法のような奇怪な術を扱うその土地では、生命すらも自在に扱えたという…。
“神の祝福を受けた島”
かつてそう呼ばれた島があった。
その島の名は、“ブリージングランド”
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