第39話 海の家
隣からぶつぶつと、呪文が聞こえてくる。
「ブルーハワイイチゴマンゴー……ブルーハワイイチゴマンゴー……」
きっと俺の横にいるのは、ブルーハワイイチゴマンゴー妖怪だ。
小豆洗いがシャカシャカ小豆を洗うように、永遠にかき氷の味を言う怪異。その名こそ、ブルーハワイイチゴマンゴー妖怪。別名『水瀬真雪』という。
「どれにするか決められた?」
「ううん、やっと四択まで絞れたんだけど」
ブルーハワイイチゴマンゴーの三択じゃなかったのか、改名せねば。
そういえば有名な話だが、かき氷のシロップはどれも同じ味ならしい。色が違うことで脳が錯覚するやらなんやら。詳しくないけど、恐らく今その味達に翻弄されている彼女に言うことでは無いことだけは明らかだった。
「千隼くん決めたよ! 私がこの夏一番最初に食べるかき氷は……イチゴです!!」
「おぉー」
と、俺は謎の歓声をあげた。
イチゴか。正直に言ってイメージ通りだなと思う。コーラ味とか食べなさそうだし、飲めなさそう。
「ちなみに水瀬さんってコーラとか炭酸って飲めるの?」
そう尋ねると口先を尖らせてむすっとした。
「私のこと子どもだと思ってるでしょ。もう高校生だよ? 炭酸くらい飲めますぅ……」
一応。と、最後にぽつりと付け足す。
「一応なんだ」
「むっ……別にいいでしょ! だって炭酸って飲んだら喉と口がこう、くわぁって。くわぁってなるんだもん!」
「わかったわかった」
ヤケになっている水瀬さんがあまりにも可愛すぎて笑ってしまう。そして笑えば笑うほどに彼女のほっぺは膨れててしまった。
なんやかんや話しているうちに、注文の順番が回ってきていたみたいだ。
「二人ともいらっしゃい〜」
えらくふわふわした話し方をする店員さんだと思えば、バイト中の前野だった。
「前野くんしばらくぶりだね〜! 元気そうでよかった」
「水瀬さんこそ〜! 二人とも何にする?」
「水瀬さんがイチゴ、俺が宇治抹茶で」
おっけ〜! と前野は後ろのおじさんに「イチゴいち、抹茶いちです!」と伝える。てっきり前野のことだから焦ってあわあわと働いているのかと思ったが、そうでも無いみたいだ。
おじさんは慣れた手つきで氷の山を作ると、上にシロップとトッピングをかけた。
「はい、イチゴと抹茶ね。崩れやすいから気をつけて!」
「はーい! ありがとうございます」
俺もお礼を言って受け取った。
前野はもうすぐ休憩には入れるので、後で合流しようと言って一度別れることにした。
「えへへ、かき氷だっ」
近くにあった席に腰を下ろすなり、水瀬さんはスプーンですくってぱくりと大きな一口。
「イチゴにしてよかった〜!」と幸せそうに食べていた。
俺も注文した宇治抹茶をすくって食べる。小さい頃に食べたっきりだから懐かしい。
それにシロップの上に抹茶パウダーがかかっているから、濃いめの味でかなり好みだ。
水瀬さんと美味しい美味しいと言いながら食べていると「おまたせ〜!」と、大きなトレーに入った焼きそばを持った前野がやってきた。
「これみんなで食べな〜って言ってくれてさ!」
と言いながら「あの焼きそば作ってるおじいさんだよ〜」と手を振った。
するとおじいさんは満面の笑みで手を振り返してくれた。見るからに人が良さそうな、優しそうなおじいさんだ。
かき氷を食べ終わってから「焼きそばありがとうございます! みんなで頂きます」とおじいさんに伝えると「おやおや、気にせんでええからのぉ。若いもんはたーんと食べんとなぁ」と言ってくれた。
なんと素敵なおじいさんだろう。将来はあんな風に歳を重ねたいと俺は密かに思った。
「じゃあ、そろそろ佐野たちの方に戻ろうか」
「そうだね〜僕も遊びたいし」
じゃあ行こうか、と水瀬さんの方を見ると視線がメニュー表に向いていた。
「フライドポテト……カリカリポテト……」
あぁ、これは――と俺は察した。
「水瀬さん、買いに行く?」
もちろん答えは「行く!!」だ。
こうして、水瀬さんはフライドポテト、ラーメンと順々に制覇していくのであった。
そしておじいさんのサービスにより、全てが大盛りになっていくのであった。
やたらと見てくる水瀬さん 来栖クウ @kuya0512
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