第36話 むぎまるの子分たち

「千隼くん、またね!」

電話越しに聞こえたあの元気な声が、まだ消化しきれているはずがなかった。

俺の事を下の名前で呼ぶ人は、お父さんにお母さん、おじいちゃん、おばあちゃん……見事に身内しかいない。

佐野や前野に限っては出会ってからずっと『田中』で、もはや千隼という名前を知らないんじゃないかとも思う。いや仮にあいつらに「千隼くん」と呼ばれたら違和感しかないんだけど。

呼び方なんて特にこだわりはないし、呼ばれて自分が分かればいいやって。その程度だったんだけどな。


――なんであんなに可愛いんだろう。

声色からしてきっとにこにこして「またね!」って言ってただろうな。

今日の服も髪も可愛かったし、当然のこと笑顔も可愛かった。


「あぁ、もう……」

きっと無意識なんだろうけど最近は水瀬さんに振り回されてばかりだ。

急な『千隼くん』呼びは、反則だ。レッドカードで退場させられてもおかしくない。

何もしていなくてもそこに居るだけでも可愛いんだから、ちょっとくらいは自重してほしい。


ピコンっと音が鳴った。

今度はなんだと思って見てみると、佐野・前野・水瀬さん・倉科さんのグループの通知。そういえば今日、「これからもみんなと遊びたいし作っておかない?」と水瀬さんの提案で作ったんだった。

グループ名は“むぎまるの子分たち”。

これも水瀬さんのつけた名前だ。俺たちはどうやら何かの子分に任命されたらしい。


「次どこに行く?」

と、その下に浮き輪を付けたタコのスタンプ。

お前には浮き輪はいらないだろ。

(倉科さん、独特なスタンプ使うなぁ)

そんなことを思っていると、また通知が鳴った。

「僕夏休み海の家でバイトする予定だからみんなおいでよ〜!」

へぇ、前野がバイトとは珍しい。あの常にふわふわした雰囲気の前野が灼熱の太陽の下で働く姿は、あまり想像できなかった。

「いいじゃん」

俺がそう送ると、続けて佐野・倉科さんが賛成の声を上げた。

――あれ、水瀬さんはどうしたんだろう。

「水瀬さんは海行くのどうかな?」

そう送ると、倉科さんから焦るタコのスタンプが送られてきた。

「真雪は今それどころじゃない」

「海好きだろうし連れてくから大丈夫!」

と、返信が来る。

(さっきまであんなに元気だったのに何があったんだろう)

まあ倉科さんが一緒だし大丈夫か。


スマホをポケットに入れ、部屋に戻った。

遊び終わった後特有の冷たい空気が残る。

(次は海か……)

そう思うと案外寂しさは感じなかった。

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