第35話 初めての電話

千隼くんの名前のトーク画面に、ぽつりと、さっきの電話履歴が表れた。


(千隼くんって呼べた……!)


やりとげたぞ! という満足感と、呼んでしまったという不安で心がいっぱいになった。


今日の私のミッションは『好きな人を名前で呼ぶこと』。

これをいつ実行しようか、実はずっともやもやしていた。

千隼くん、って。いつも呼んでいる田中くんの呼び方と文字数も変わらないのに、なぜ分からないけど口は動いても声が出せなかった。

(せっかく佐野くんにも応援してもらったのになぁ……もっと田中くんと仲良くなりたいのに。)

どうしようって考えて考えて、たどり着いたのがLINEだった。

(これなら私でも頑張れるかも……!)

そうして、今さっきの電話に至る。


「やったじゃん!」

隣にいた佐野くんがこそっと私に言った。

「私、ちゃんと千隼くんって言えてたよね…?」

「うん。ちゃんと言ってた」

「本当にちゃんと言えてた?」

「言えてたってば」

俺の耳が聞き逃すわけない! と、佐野くんが自分の耳をさして言う。


なんだか体の力がしゅうーっと抜けて、気づいたらりっちゃんに支えられていた。

「真雪どうしたん!? 体調悪いん?」

心配するりっちゃんに佐野くんが説明をする。

「さっき水瀬さんが田中のこと、下の名前で呼んだんだよ」

「えっ」

初めて聞きましたけど!? という顔で私を見た後に、無言でべしべしと背中を叩かれた。

「あの真雪が! すみっこで1人でおままごとしてた真雪が! 成長したなぁ」

「もう、それ小学校のときの話でしょ」

りっちゃんは私のことを何歳だと思ってるんだ。私はもう高校生だぞ! と言いたい気分だ。


「でも本当に言えるとは思ってなかった。すごいね」

佐野くんが褒めてくれたけど、私はほんと少し怖い。

「千隼くんに嫌われてないかな」

下の名前だと馴れ馴れしかったかもしれない。それに呼んでいいか千隼くんに聞けてないし……。

そう言うと「それはぜったいにない!」と、佐野くんが自信満々に答えた。

「もしさ、水瀬さんが田中に下の名前で呼ばれたら嫌?」

「下の名前かぁ……」

想像してみた。図書室で呼ばれるとき、教室で話しかけられるとき―――

「うれしい、です」

それもかなり。ただでさえ夏で暑いというのに、じわじわと顔に熱が集まるのを感じた。


「じゃあきっと田中も嬉しいんじゃない?」

「そっか、そうなのかなぁ」

もし千隼くんがそう思ってくれてたらいいな。


「じゃあ――次からは千隼くん呼びだね!」

そう言われて私は、ハッとした。

「千隼くん……千隼くん……」

田中くんじゃなくて千隼くん。どうしよう、言えそうにない。

――――あたまがぐるぐるしてくる。


「ねぇ真雪! ちょっとどうしたん!」

そんなりっちゃんと声が聞こえて、ぷつりとそこで記憶が途絶えた。

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