第31話 勉強会
「あーもう無理、疲れた」
佐野はシャーペンをワークの上にほっぽりだして、グッと背中を反らしだした。
ボキボキと骨でも折れていそうな音が鳴る。
ここだけ見るとあたかも真面目に、それもかなりの時間勉強していたかのように見えるだろうが、佐野に限ってそんなことは当然無い。
「お前、そんなに疲れるほど解いてないだろ」
今、俺の視界に入っている半ページ分しか埋まっていないワークが何よりも証拠だ。
当然水瀬さんや倉科さんのワークではなく、佐野のもの。しかもよくよく見てみると、空欄の横に落書きを発見した。
……人、なのかあれは。なんか頭から触覚生えてんだけど。
「その変なイラスト何?」
俺が尋ねると、「こんなにも特徴捉えて描いてるのに分かんねえのかよ。コバセンだよ、担任の」と
俺の知る限りコバセンはごく普通の人間なはず、だよな? 一般人に触覚が生えているようなファンタジーな世界じゃあるまいし。
俺は記憶の中のコバセンを呼び起こしたが、そもそも入学してから一度も怒られた経験がないことに気がついた。
「俺、先生に怒られたことないわ」
「まじで⁉ そんな
佐野は珍しく俺に尊敬の眼差しを向けているけど、多分ほとんどの生徒はそうなんじゃないのか?
良くも悪くも目立たない、俺のような生徒は特に怒られない。というより影が薄いのだ。
それに対し佐野は、存在自体が濃すぎる。
声はでかいし、課題は気が向かなければ出さない。そりゃ目をつけずにはいられないことだろう。
佐野とコバセンの鬼ごっこはもう日常茶飯事と化している。
そろそろ、いたちごっこは辞めればいいのに。(佐野が課題を提出すれば即時解決だが)
「ねぇ田中くん、ここの問題分かる?」
ボケっとしている俺に、問題を指さしながら水瀬さんが聞いてきた。
佐野が勉強をしていないその間、水瀬さんと倉科さんは協力しながら真面目に解いていたみたいだ。
てっきり倉科さんはそこに居るバカ(という名の佐野)と一緒なのだとばかり思っていたのだけれど、どうやら幾分マシらしい。
――勿論本人には口が裂けても言えない。
「あぁ、そこ難しいよね」
この公式を変換して使えばいいよ、と教えた。
「うーんなるほど? それで解いてみるね」
あまりピンと来ていない様子……大丈夫だろうか。
それから水瀬さんは暫く考え込み、ペンを走らせ、そしてまた考え込んだ。
「どこで詰まっちゃった?」
「ここ、わかんないかも」
と、バツが悪そうに答える。
途中で止まっている計算式を見てみると、もうあと一歩という所まで解けていた。
「例えばこれだったら……」
もう少し簡単な問題を例に出して説明した。
うん、うん、と頷きながらしっかりと聞いてくれる水瀬さん。
「――じゃあさっきの問題で言うと?」
「あーーっ!! そういうことかぁ!」
田中くんありがとう! と微笑んだ。
そして「りっちゃんやっと分かったよ!」と元気に駆け寄っていった。
(勉強会も案外悪くないかも)
水瀬さんの笑った顔を見て、つられて笑った。
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