第30話 真雪のミッション

(……これ、どのタイミングがいいんだろう)

必死に課題に取り組むみんなを目の前に、そんなことを考えていた。



夏休み前、田中くんの名前を知るべく佐野くんに相談した私。

妙な緊張感の中、私が尋ねると佐野くんは目をぱちくりとした。

「普通にクラス名簿に載ってるんじゃ……?」

「あっ」

__盲点だった。そういえば同じクラスだったんだ。

てことは配達係になればノートにもプリントにも名前書いてあるし、そこら中にあふれてるじゃん。

それなのに私、わざわざ佐野くんに聞いたの?

押し寄せる後悔に押しつぶされそうになっていると、くくっと肩を震わせながら佐野くんが笑った。

「絶対気づいてなかったでしょ。あーもう緊張して損した」

そして「田中の名前、千隼だよ」と言った。

(へぇ……千隼くんか!)

なんだか和風でかっこいい名前だなぁ。

小学校の頃に覚えた、ちはやふる神代もきかずなんたら川〜って百人一首。あれに似てる。


ありがとう! と佐野くんに深々と礼をすると「あ、いいこと思いついた」と言い教室を見回した。

止まった視線の先には、いつもふわふわしている前野くん。話したことは無いけど、田中……千隼くんとの会話を聞いているとどこか抜けている印象のお方。(心の中ではフワノくんと呼んでいる)


「前野ぉー! 夏休みの、追加メンバーいてもいいよな?」

「全然いいよ〜! 人多い方が楽しいし」

夏休みのあれってなんの隠語だろうと考えていると、はいよ、と返事した佐野くんが私を見てにこっと笑った。

「一緒に田中ん家行こ!」

…………うん? 何言ってるんだろうこの人。

「ワタシガ?」

「そう」

「タナカクンノイエニ?」

「YES」

ほほう、どうやら私は夏休み田中くんの家に行くらしい……

「いやなんで!?」

どう考えてもそうはならんやろって、きっとりっちゃんならツッコミしてた。私もしてるけど。


「別に変な意味で言ったんじゃないからな!? 夏休み田中ん家で勉強会するから一緒にどうかなーって」

あぁ、なるほど。

もしかしてだけど佐野くん、私が田中くんを名前で呼びたい事に勘づいてる?

――絶対そうだ、すっごい顔ニヤニヤしてるもん。

私この人のこと、多分ちょっと苦手だ。

「うーん、行きたいけど行っていいのかな。男の子だけしかいないし……」

「それだったら水瀬さんの友達も誘お。そっちのが気楽だよな」

例えば倉科とか、と佐野くんは言う。

確かにりっちゃんは佐野くん達と赤点回避会してたくらい仲がいいし、私の友達だし。

……誘えるような友達、りっちゃんしかいないし。


「じゃありっちゃん誘ってみる!」

「おー了解。多分あいつなら来るだろうけど」

りっちゃん最近部活で忙しそうだから来てくれるか微妙だと思うんだけど、と私が言うと「そんなの休んで来るだろ、割と過保護だし」と佐野くんは言った。

何が過保護なんだろう、私にはよく分からなかった。

それより佐野くんの、りっちゃんのことなんてお見通し感がモヤモヤする。

私りっちゃんと七年間一緒にいるんですけど! あなたよりベテランなんですけど! って言いたいけど、初会話の相手に言えるほどの屈強な心は無いのでぐっと我慢した。


「もうそろそろ田中帰ってきそうだな」

佐野くんはゆるりと廊下へと歩いていく。

すると「あ、いっこアドバイス」と私へ近づいた。


「名前で呼ぶとき、語尾にハートつけてたら最高に可愛いと思う!」

「っな!?」

なんなんだこの人は、急に可愛いとか。

「つけるわけないし!」

勢いよく顔を背けたせいで首が痛いけど、そんなのどうでもいい。

もう何なの、キュンとか全然しないけど。


「いい人だけどチャラい気がする」

これが佐野くんへの第一印象。



「田中せんせー、ここ訳わかんない」

「え、さっきと解き方全く一緒じゃん」

彼はそう言いつつも佐野くんに教え始めた。

「まって先生! 私もそこ教えて!」

私は数学のワークを持って近づいた。


今日の私のミッション︰好きな人を名前で呼ぶこと。

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