第29話 策士な水瀬さん
「あれ、そういえば前野は? 今日来るって聞いてるんだけど」
「なんか妹のプリン間違えて食べてもたらしいで。それで今買いに走ってるから遅れるって、さっき連絡きた」
食べ物の恨みは怖いからな、と笑う田中くん。
勝手に食べるのが悪いんよ、と答えるりっちゃん。
そして、そんな二人の会話に入れるような余裕もない私。
来てしまった、しかも田中くんの部屋に。
異性の部屋といえば、お兄ちゃんと、小学生の頃の友達くらい行ったことないし……佐野くんに誘われた日からずっとソワソワしてしまう。
スカートはちょっと女の子っぽすぎたかなとか、お手洗いに行きたいときなんて言おうとか。
来る途中もずっと悩んでいたけど、結局は良く分からないしどうしようもなくて。
でもせっかく誘ってくれたんだし!
今日は自然体で楽しむぞ、と密かに意気込んでいると佐野くんが部屋に入ってきた。
「無事トイレから帰還したぞー! ってあれ。田中と倉科初対面じゃねーの?」
「図書委員終わりに一回だけ会ったことあってさ」
その時は目で殺されるかと思った、と田中くんが苦笑いした。
「いやーあの時はマジでごめん。だって真雪待ってたら、どこの誰とも知らん男子と一緒に出てきたんよ? 仕方ないやん!」
仕方ないやん、って。確かに滅多に異性と話すことすらない私も私だけど、あの時のりっちゃんの表情といったらもう。
しかも夕方で薄暗かったから雰囲気はばっちりだし、りっちゃんは羨ましいことに背が高いから、より一層迫力があったんじゃなかろうか……。
「私がりっちゃんに言ってなかったの、本当にごめんね!」
「それ絶対悪いと思ってないやつじゃん」
「あれ、ばれちゃった?」
私がそういうと「うわー! たまーに出してくるよね、ブラック水瀬さん」とからかってきたのでニヤリと笑ってみる。
すると「……策士だ」と田中くんが顔を伏せてぼやいた。
__実はこういうやりとり、結構好きだったりする。
なんだか仲良くなれてる気がして、すごく好き。
恥ずかしくて絶対に本人には言えないけどね。
「こらーそこのお二人さん、こっちはもう勉強始めてるよ?」
「うちらほんま真面目やなぁ」
そう言われ、りっちゃんたちの机の上を見た。
白紙のノートにワーク。やけにカラフルな教科書だと思って覗いてみれば、宅配ピザのメニュー表だった。
「いや、どこから出してきたの。それ」
「なんか引き出しから出てきたんだよね」
多分、田中くんの部屋中探ってて見つけたんだろう。
……よく見ると商品名に丸のついたピザがあった。
「お? この印ついてんの、田中のお気に入りなのかな。確かにこれ美味いよな」と、更に上から丸を付ける佐野くん。
よし、と満足そうにすると、私の顔をちらっと見てノートの端を少し破った。
〈頑張れ‼〉
そう書いて無言で頷いた。
こんなにも応援して、協力してくれる人がいるんだもん。
勇気出さなきゃ。
私は三角の切れ端を受け取り、握りしめた。
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