第26話 期間限定、新人のアボちゃん。
日曜日の朝、普段ならまだ夢を見ているであろう時間に俺は目覚めた。
そしてまたもう一度眠ろうと強く瞼を閉じた。
(緊張を吹き飛ばすんだ。無心無心無心無心無心……)
俺は昔あったアグネス・チャンのCMの少年のようにひたすら『ムシン』を唱えてみた。が、そうすればするほど俺の脳内はアグネス・チャンに侵略されていってしまう。
(__あー、もう起きるしかないか)
完全に脳が覚醒してした俺は渋々タオルケットを足で蹴り、ベッドの下方に追いやった。
そしてゴロゴロと鳴る腹に連れられリビングへと向かった。
「あら、もう起きてきたの? 早いじゃない」
今日は雷ね、とキッチンで味噌汁を作りながら母が言った。
「本当に雷になってくれれば良いんだけど……」
「それはダメ。今日はお友達来るって言ってた日でしょ? えーっと佐野くんと前野くんと、水瀬さん? って子だっけ」
「あと一人いるけどそんな感じ」
そう俺が言うと「ふぅ~ん? じゃあお母さんはあえて今日は出かけてあげる。あえてね」と言い出した。
__何を勝手に期待してるんだ、この母親は。
貴方の息子はそんな絵に描いたような青春は送れてないぞ。
色々とつっこみたかったが、否定すればするほど「またまた~隠さなくてもいいのに!」とか言うのが目に見える。
「はいはい、どうぞ出かけてください」
結果、俺は適当に流すという選択をした。
すると「えー、まあいいけど。お父さん連れてデートしてくるね」と母は面白くなさそうに味噌を豪快に溶かしだした。
そしてお椀に、それもまた豪快に注ぎ俺の前に置いた。
__ふわっと柔らかい湯気が俺の顔を包む。
(具材の存在感が凄いけど、これはこれで美味しいんだよな)
俺は食べ慣れた味噌汁を改めて眺めた。
人参と玉ねぎと豆腐と__これはなんだ?
見慣れない新人食材に俺は困惑した。
「__あぁ、それアボカドよ。傷んじゃいそうだったから入れてみたの」
「え、アボカド⁉」
もう一度見ると確かにアボカドにも見えなくもない気もする。
(これはアリなのか……?)
家に水瀬さんが来る緊張とはまた違う緊張を感じながら、その塊を口の中に放り投げる。
__あれ、意外とアリかもしれない。
例えるなら里芋のような食感で、まろやかに味噌と絡みあっている。
俺はてっきりアボカドはモッツァレラチーズとトマトが彼氏だと思っていたが、意外と尻軽ガールなのかもしれない。
いや、彼氏が二人いた時点で尻軽ガールアボカドちゃんだったのか?
「……おまえ、結構やり手だったんだな」
「でしょでしょ! 意外と美味しいのよこれが~」
母は自慢げにそう言っていた。
そして「まぁそんなに褒めても今日しか入れないんだけどね」と、手を取り合った味噌とアボカドの間をバッサリと切り離した。
(……また俺が作ってやるからな?)
俺は少し寂しくなりながら味噌汁を啜ったのだった。
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