第22話 お布団わんこと八宝菜
「ただいま~!」
ガチャリと家のドアを開けると、私の愛してやまない般若顔の“もふもふ”がお出迎えをしてくれた。
そして、それは勢いよく飛びついてきた。
「え、ちょっ」突然の出来事に私の鈍い反射神経が反応することはなく、見事に押し倒され、ドアに頭をぶつけた。
しかも、運悪く取っ手の部分に後頭部がクリーンヒットしてしまったようで視界がぐらぐらと揺れている。
「いっだぁ、むぎまる勢い良すぎだって!」
ヒリヒリする頭を抑え注意したが、当の本人は尻尾をブンブンと勢いよく振って嬉しそうだ。
むぅ、ちょっと可愛いな君。
でもあなたのお主様は、こんなにも痛い目にあっているのに。
普段はそっけない態度ばかりなのに。
そんなときだけいい顔するんだ?
「む、むぎまる? もう飛びついたりしちゃ……だ、だめ……」
ここは飼い主として威厳を見せなければ。
だからしっかり注意しなきゃ。
__でも、強く言えない。
そんなに可愛い笑顔で見つめられてしまうと……
「あー! もう我慢できない‼」
愛犬の愛嬌に負けた私は、そのハスキー犬“むぎまる”にわふっと抱き着いた。
「ん~羽毛布団みたいで落ち着くぅ」
「__おかえり真雪。中々入ってこないと思ったら……もう晩ご飯できてるわよ」
まったくもう、とお母さんはため息をつきながら私の前に仁王立ちしていた。
あ、そういえば朝にお母さんが言っていた。
確か今日の晩ご飯は……
「八宝菜だっ‼」
そう、私の大好物の八宝菜なのだ。
メニューを思い出した私は、むぎまるとお母さんを追い越し早歩きで自分の部屋にバッグを置き、リビングへと行った。
テーブルに視線を向けると、そこには艶めく魅惑の八宝菜があった。
(えへへ、久しぶりだっ)
うきうきとしながら箸で白菜を口に運ぼうとすると、リビングにむぎまるとお母さんが入ってきた。
「ちょっと! せっかく玄関まで迎えに来てくれたのに。むぎちゃん拗ねちゃうよ?」
ねー? っとお母さんが話しかけると「くぅん……」と、むぎまるは明らかに肩を落としていた。
うぐっ、罪悪感が。
でもごめんね、久しぶりの(八宝菜との)再会なの。
「あ、後で存分にかまってあげるからっ! 今日のところは許して!」
私はむぎまるにそう言い捨て、はむっと口いっぱいに入れる。
__白菜の甘みが染み渡った。
「んぅ~! トロトロのお野菜はたまらない……‼」
そのまま箸が止まらず半分まで食べ進めたところで、すかさず白米を追加。
ご飯と八宝菜ってどうしてこんなにも相性がいいんだろう。
白菜もネギも豚肉もみーんな美味しいなぁ、としみじみしていた。
そしてあっという間に完食。
「もうお腹いっぱいだ~」
少し膨れたお腹をさ擦りながら満足感に浸っていた。
すると、隣から「さっきから言動がおじさんだな。そんなんだからモテないんだろ」と嫌な声がした。
「あ、お兄ちゃんいたんだ。というか別にモテたいとか思ってないし! 好きな人だけに好かれればいいし!」
「はいはい、そうですか」
むむむ、せっかく人がいい気になっていたというのに……本当に嫌味なお兄ちゃんですね。
むすっとしながら残りのおかずを食べ始めると、お母さんがお兄ちゃんにまた要らぬことを話しだした。
「真雪は可愛いからきっとモテモテよ! それに最近何だか楽しそうだし、彼氏でもできた?」
「「へ?」」
しまった、変なところでお兄ちゃんと被ってしまった。
「彼氏なんて! 私に出来るわけないない……!」
「あら。じゃあまだ好きな人ってところかしら? いいわねぇ楽しそうで」
「ち、違うからー‼」
全力で否定しているのに、お母さんは全く聞く耳を持たない。
寧ろ「付き合ったらお母さんに紹介してね?」とノリノリだ。
(はぁ、そんな人なんて……いない、のに)
私はもうお母さんの暴走を食い止めることを諦め、眺めていた。
するとさっきから黙り込んで、空気と化していたお兄ちゃんが急に立ち上がった。
そして「ごちそうさま」とぶっきらぼうに言って、部屋を出て行った。
「お兄ちゃんどうしたんだろ」
「まぁ真雪が生まれた時からずっと面倒見ていたからねぇ。うちはお父さんいないから、余計なのかもね」
「うーん、よくわかんない……」
そのうち分かるわよ、とお母さんは言った。
そして「もうご飯食べ終わったのならお風呂入っちゃって!」と言われたので、モヤモヤとした気持ちのまま用意をした。
「じゃあお先に」
私が行こうとすると「あ、まって」とお母さんは私を呼び止めた。
「もし本当に付き合うことになったら、お兄ちゃんに一言伝えてあげなさい? あ、もちろんお母さんにもね?」
私は結婚じゃあるまいし大げさだなぁ、と思ってしまった。
でも、もし出来たとしたら……
「うん。端からそのつもりだよ! 出来そうな気配すらないけど!」
そう言うとお母さんは「恋なんて唐突に来るものなのよ!」と名言らしき言葉を言った。
(唐突、ね)
私は夕方の事を思い出しながら、お風呂へ向かったのだった。
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