第四十四話『戦いにすらならない』





 それはあまりにも一方的な蹂躙だった。

 アタラクシアが魔法を唱える度に、人が死んでいく。

 まるでそこに何もなかったかのように消滅する人間もいれば、この世の終わりのような悲鳴をあげて命を終える人間と多種多様の死に方が、この場に起きていた。

 闇の手に心臓を潰されて人が死に、また突如現れた闇に飲み込まれて消失し、はたまた身体中を切り刻まれて消滅する。

 そんな光景を見て、アタラクシアと戦おうと思う人間などいるばすがなかった。

 一人、また一人と殺してながらも、その身体を血で汚すこともなく微笑むアタラクシアに、彼等は恐怖した。

 あまりにも勝負にならない。そして自分が確実に殺されるという恐怖に、傭兵という戦うことを生業とした大人達でも抗うことはできなかった。

 この場から逃げ出そうと試みる人間もいた。しかしそんな人間を見て、アタラクシアは笑みを浮かべながら、




「逃げるなんて無粋なことはおやめなさい。私が直々に遊んでるのよ……せめて、その最後で私を満足させなさいな?」




 そう言って、逃げようとした人間を最優先に魔法を行使した。

 際限のない魔法の使用を見て、傭兵達は理解ができなかった。

 本来なら、魔法には使用回数がある。それは所持している魔法石の種類によって異なるが、それでも必ず限界が訪れるはずだった。

 しかしアタラクシアは、そんなことがあり得ないと言わんばかりに魔法を使用していた。

 笑いながら、人を簡単に殺める。まるで人の命をなんとも思っていないようにアタラクシアが表情に笑みを浮かべる。

 人が死んでいるはずなのに、不自然なまでに血が散乱していない不気味な現象の中心に立つアタラクシアを見て、傭兵の一人が呟いた。




「ま……魔女だ……あんな化物……!」




 魔女。そう小さな声で呟いた声に、傭兵達が震え上がった。

 魔法を自由に扱うことのできる魔法使い。誰でも知っている御伽噺にしか出てこない空想の人間。子供を殺し尽くした異形の存在――魔女としか言いようのない存在が目の前にいる。

 あり得ないと刹那に思うが、それは彼等のそんな希望はすぐに打ち消された。




「魔女。ええ、良い響きだわ。私、あなた達のそんな顔が見たかったの」




 また、人が死んでいく。これで大勢いたはずの傭兵達は半分以下になった。唯一の魔石使いの二人も、アタラクシアに果敢に挑んだが音もなく存在を消されていた。




「私は魔女よ。あなた達の命を簡単に刈り取る人間。勿論、あなた達は文句なんて言えないわよ? 人の命を奪うからには、奪われる覚悟を持っているのが当然だもの」




 今度は、人が床から現れた闇に引きずり込まれていく。恐怖のあまり助けを懇願しながら、その人間は叫ぶながら闇の中へと消えていた。




「わぁぁぁっ‼」

「だから逃げるのはおやめなさいと言ったでしょう?」




 叫びながら部屋の外に出ようとする人間に、アタラクシアの指から黒い球を飛ばす。それが彼に着弾すると、その場に倒れるなり苦悶の叫びをあげて絶命し、そして床から現れた闇に飲まれていた。




「逃げようとしたり、怯えたり、良い大人の殿方が情けないわね。もう少し私を楽しませないと、もっとつらい目に合うわよ?」




 事実、アタラクシアは乱雑に魔法を使っていると傭兵達は思っていたが、彼女はそうではなかった。

 自分に果敢に挑んだ者には、比較的に即死の魔法を使用していた。それはアタラクシアが自身に挑む者への最低限の礼儀として、確固たる意志を持って使用する魔法を選別していた。そして逃げ出した人間には、苦痛を与えて死を迎える魔法を選んでいた。

 だが、そのアタラクシアの気遣いを知ったところで、傭兵達には心底必要のないことだという彼等の心情などを、彼女は微塵も考慮してはいない。それはただの我儘としか言えない行為だった。

 身体を奮い立たせてアタラクシアに挑む人間もいたが、そのことごとくが彼女によって瞬殺されていた。

 また人が死に、気が付けば――数人しか残っていなかった。




「そろそろおしまいね。思っていたよりは楽しめたわ」




 怯える数人の傭兵達に、アタラクシアがそう言いつつも満面な笑みを浮かべて、魔法を行使した。

 そして最後の一人になり、その人間も周りに誰もいなくなり、自分が最後だと分かるとその身体を震え上がらせていた。

 下半身が濡れていく。ガタガタとアタラクシアを見て怯える姿に、彼女は失笑をみけていた。




「あなたが最後なのだから、胸を張りなさい。私がちゃんと――殺してあげるわ」




 アタラクシアがそっと小さく詠唱を行う。

 最後の一人の傭兵の座る床から、黒い闇が現れる。それは彼の身体に少しずつ侵食していた。

 闇が身体に包まれた瞬間、その傭兵は大きな叫び声をあげた。身体が何かに蝕まれるような激痛が、彼を襲っていた。

 そして身体を次第に飲み込み、耳を塞ぎたくなるような叫び声をあげて、闇に包まれ、最後の傭兵は消滅していた。




「これで最後ね。あとはノワールが終わるのを待つことにしましょう」




 全員が傭兵達がいなくなったことを目視で確認して、アタラクシアが満足そうに頷く。

 そんなアタラクシアを強張らせて見届けていたセリカは、引き攣った表情を見せていた。

 あまりにも一方的な戦いの後を見て、アタラクシアの存在を心のそこから恐ろしいと感じながらも、彼女は安堵していた。




「最後に私を殺すとか言わないでくれよ……?」

「もしかして……殺してほしいの?」

「……冗談でもキツイからやめてくれ」




 小首を傾げるアタラクシアに、セリカが引き攣った笑みを浮かべる。

 この女が敵ではなく、味方で良かったと心のそこからセリカは思った。恐怖の感情を感じながらも、それだけは確かだとセリカは思うしかなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る