第四十三話『一方的な蹂躙』





「もう魔石兵装を出したの? ノワールも堪え性がないわね」




 紅い二振りの剣――フラマ・フラムを持ってレグルスと戦うノワールを横目に、アタラクシアが呆れた顔を見せていた。




「なんだよ? あの剣、そんなにヤバいのか?」

「あなた達から見れば大層な代物よ。それ故に、他人に決して見られる訳にはいかない武装でもあるわ」




 迫る傭兵達、そして魔法を放つ二人の黒い服装を適当に指を弾いて吹き飛ばしながら、アタラクシアは溜息交じりにセリカに答えていた。




「見られたらいけない……?」

「当たり前の話よ。一応、僅かな制限があるけれども、自在に回数制限を受けない武器を持っているなんて他人に知られれば、持ち主が命を狙われるもの当然よ」




 魔石兵装の備える特異性が故に、その持ち主はそれを所有すると否応なしに身を危険に晒すというのがアタラクシアの考えであった。




「だから、それを見た者は生かして帰すわけにはいかないの。持っているということを他人に知られることは、魔石兵装所有者の禁忌ともされているのよ」

「え……じゃあ、ここにいる全員そうなんじゃ……」




 アタラクシアの話を聞いて、セリカが気づく。

 魔石兵装をノワールが持っている。アタラクシアと戦闘中の傭兵達や黒い服装の人間は気づいていないかもしれないが、彼が不思議な剣を持っていると見ていても不思議ではない。

 そしてその中に、自分自身も含まれているとセリカは察していた。




「ええ、あなたは別だけど……ノワールがアレを出した以上は、もう私も遊ぶのはやめておくことにするわ」




 つまらなさそうに、アタラクシアが肩を落とす。少し名残惜しいと言いたげに口を尖らせながら、彼女は小さな溜息を吐いた。




「本当はもっと遊んでいたかったけど、逃げられるのも面倒だわ。だからさっさと終わらせておきましょう」




 アタラクシアがそう口にした時だった。彼女の頭上に跳んでいた黒い服装の一人が、彼女に向けて魔法を行使した。




『火よ――その加護を、灼熱の炎を、その力を以て、焼き尽くせッ!』

「何度も言わせないで、それを使うと周りが全て燃えてしまうわ」




 アタラクシアの頭上から放たれている魔法。それは魔法を放った一帯を全て燃やし尽くす火の第四魔法だった。




『闇よ――その加護を、永久の闇を、その力を以て、飲み込め』




 そう唱えて、アタラクシアが頭上から放たれようとしている魔法と黒い服装の人間に手を向ける。

 アタラクシアが唱えた魔法が、発動していた。彼女の手から黒い球体が発射され、それが彼女の頭上で発動している魔法に衝突すると――それは起きた。




「闇に消えなさい。せめて闇の中で、幸せに死ぬことよ」




 小さな黒い球体が、一瞬にして巨大化する。それは大きくなり、発動していた火の第四魔法と黒い服装の人間を飲み込む。そして巨大化した黒い球体が膨らんだ後、まるでその場に何もなかったように小さくなり、消滅していた。

 突然起きた出来事に、周りにいた傭兵達と片割れの黒い服装の人間が停止する。

 あまりにもあっけなく、一人の人間が消滅した現場を見て、周りの理解が追い付いていなかった。




「今の奴、どこ行ったんだ?」

「勿論、死んだわよ。今のは闇の第四魔法。魔力で捕えた対象者を圧縮して消す魔法よ」




 何気なく答えたアタラクシアの説明を聞いて、セリカは背筋が凍った。

 圧縮して消滅させる。その言葉の意味をしっかりと受け止めら、セリカは引き攣った表情を作っていた。




「圧縮って……潰すってことだよな?」

「そうね。合ってるわ」

「痛い、よな?」

「痛みを感じる間もなく即死よ。全身の骨を含む肉体が一瞬にして潰れるのだから。当人が痛みを感じてもすぐに死んでしまうつまらない魔法よ」

「ぜったいに! それを私に使うなよ!」




 聞けば聞くほど恐ろしい魔法だったことに、セリカは思わずアタラクシアに叫んでいた。




「今のところは使う予定はないわ。闇の魔法なんて、今みたいなモノばかりでつまらないの。死はもっと鮮烈でなければ、自分が死んでいくことを実感して死ぬのが最も尊いことなのよ」




 意味の分からない話をアタラクシアからされて、セリカは何一つ理解ができなかった。唯一に理解できることは、彼女の使う闇の魔法が恐ろしい魔法だということだけだった。




「ああ、うん、もういい。もう私は何も言わないから、自由にやってくれ……」

「そう? ならそうさせてもらうわ」




 何か諦めて放棄した顔を見せるセリカだったが、アタラクシアは気にも留めずに笑みを浮かべる。

 そしてアタラクシアが徐に固まっていた傭兵の一人に向けて、左手を突き出した。




『闇よ――屠れ』




 アタラクシアの左手から、黒い影のような左手のようなモノが飛翔した。

 それは瞬く間に、動かぬ傭兵に向かい、その胸に音もなく突き刺さる。その後、その腕が大きく一度だけ動くと――彼は苦しみながら床に倒れていた。




「これが相手の心臓を潰す魔法よ。これが一番発動が速く、相手を苦しませる魔法でもあるわ」

「説明するな! そんなこと聞きたくねぇよ!」

「私が魔法を見せてあげてるのよ? 黙って聞きなさいな?」




 傭兵の一人が突如死んだことに、周りの人間達が更に動揺を見せる。

 そんな彼等に、アタラクシアは微笑みながら楽しそうに告げていた。




「逃げるなんてことは考えない方がいいわ。さぁ? 始めましょう?」




 蹂躙を。そう告げて、アタラクシアの一方的な殺戮が始まった。

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