第四十話『人は変われない』
「契約って……なんのことだ?」
唐突にノワールが現れ、アタラクシアの魔法に守られているセリカが動揺しながらも、疑問を呟く。
「あなたを見つけて守り、次期領主のあの男がしてはならないことをした時の対処が今回のノワールの受けた契約よ」
アタラクシアは視線の先に現れたノワールからセリカを一瞥して答えていた。
「あの男は自分の立場を守る為に、あなたを殺そうとした。もしそれをあの男が自分の意思で行っていたと発覚した時は、あの男を殺してほしいというのがノワールが密かに受けた依頼だったの」
「誰がそんな依頼を……?」
セリカが思わず、そう答えたアタラクシアに問う。
アタラクシアは失笑すると、呆れた表情で答えていた。
「あの男の父親よ。もしあの男がそんなことまでしようとしていたなら……自分の子を殺してほしいと、余程あの男が許せなかったのでしょうね」
レグルスにほくそ笑みながら、アタラクシアはそう話していた。
そのアタラクシアの笑みは明らかな侮蔑の表情だと、セリカは察していた。
「あの親父……舐めたことしやがって、さっさと死んでくれた方が面倒なことにならねぇのによ」
アタラクシアとセリカの話を聞いていたレグルスが鼻を鳴らしながら目を鋭くさせる。
そんな態度を見せるレグルスに、ノワールが眉を寄せていた。
「お前、親の気持ちも分からないのか?」
「あん? なにがだ?」
「自分の親が子供に殺してほしいと頼むなんて、余程のことをしないとあり得ない。それをお前は超えたんだ」「なんだ? 俺が何しようと勝手だろ? あのクソ親が死ねば、この街は俺のだ。それなのに追い出した女のガキを連れてきて次期領主にするなんて許すとでも思ってんのか?」
ノワールに向けて、レグルスが失笑を向ける。
しかしノワールはレグルスに対して、呆れ果てた表情を見せていた。
「お前の素行の悪さは事前に聞いてる。随分と好き勝手に色々としていたんだからな。気に入らない人間を一族から追い出して、好きに暴れて、権力で街の人達を虐げて……そんな奴が領主になれるとでも思ってたのか?」
「殺さなかっただけ良いだろ? 俺の遊び相手にならなかったんだ。そこにいるガキの親は、良い女だったからな。それなのに俺の言うことを聞かねぇなら追い出すだけだ。俺の好きにならない人間なんて居ても邪魔だったからな」
あっけらかんとレグルスが答えた言葉に、ノワールが静かにかぶりを振った。
「セリカを殺すようなことを企てなかれば、お前はまだ変われたんだ。自分が変わろうとは思わなかったのか?」
「俺が変わる? 俺はこの街の領主になる男だ。俺が領主になれば自由な国を作ってやる。女を好きに抱いて、自由に生きられる街なんて天国みたいな場所だろ?」
それが一番の選択と信じて疑わないような口ぶりで、レグルスが告げる。
ノワールはそれを聞くと、静かに溜息を吐くと腰に携えていた剣を抜いていた。
「聞いてて、本当につまらない話ね。ノワール、あの男は何を言っても死ぬまで分からないわ。さっさとやってしまいなさい」
「分かってるよ。そっちもセリカに怪我させるなよ」
「本当にあなたがそう思っているのなら、あなたも含めてこの場の人間を殺すわよ?」
「それは遠慮する……とりあえず、後ろは任せた」
「任せなさい。好きに暴れなさいな」
アタラクシアにそう告げられて、ノワールは返事もせずにレグルスへ駆け出していた。
「俺を殺すって? やれると思ってんのかぁ?」
「すぐに殺してやる。さっさと斬られてくれ」
レグルスが、ノワールに向けて魔法を行使して、火球を放つ。
対して、ノワールはその火球を躱しながらレグルスに迫っていた。
ノワールがレグルスに接近して、剣を振るう。しかしレグルスも彼に腰の剣を抜いて応じていた。
「始まったわね。ならこちらも始めましょう」
ノワールとレグルスの戦いが始まったのを見届けて、アタラクシアが周りを見渡す。
「さぁ、遊びましょう? ノワールが来たから今度は私も、少しは本気を出してあげるわ。全員、まとめて来なさい」
「本当に私を巻き込むのだけは、やめてくれよ?」
「あなたはそこでじっとしていなさい。怪我をしたくなければね」
今まで怯んでいた傭兵達と、警戒する黒服の人間が二人をアタラクシアは見渡して、彼女はセリカに微笑んだ。
「お前達ッ! そこのガキ二人をさっさと殺せッ! 俺が直々に戦ってんだ! もし逃げたら後で俺が殺してやるから覚えておけッ!」
ノワールと戦いながら、レグルスが傭兵達に叫ぶ。
傭兵達はレグルスの声に表情を引き攣らせるが、彼を恐ろしいと思っているのか各々が渋々と武器を構えていた。
「そこのガキを殺した奴には、次期領主の俺が直々に願いを聞いてやる! 金! 女! 好きなもんくれてやる!」
更にレグルスがそう叫ぶと、傭兵達は目の色を変えた。
本来の報酬よりも格段上の条件を提示されて、傭兵達のやる気も大きくなったのだろう。彼等は咆哮をあげながら、アタラクシア達へ駆け出していた、
そして傭兵達の中にいた黒服の二人も、アタラクシア達に向けて迫っていた。
アタラクシアが満面な笑みを浮かべる。迫りくる男達を見据えて、彼女は右手を掲げた。
「それで良いのよ。本気で来なさい……私が最後を看取ってあげるわ」
そう告げて、アタラクシアは傭兵達と戦いを始めた。
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