第三十九話『今後はない』
『風よ――切り裂けッ!』
周りに立ち尽くす傭兵達を縫うように走る黒い服装の一人が、アタラクシアに向けて手を横に薙ぎ払う。
まるで風を切るような動作と共に、黒い服装の腕から見えない風の刃がアタラクシアに向けて飛翔した。
『闇よ――』
『風よ――吹き飛ばせッ‼』
アタラクシアが魔法を以て、迫る風の刃を防ごうとした時だった。彼女の後方から詠唱が響いた。
自身の後方から放たれる魔法を、アタラクシアはすぐに察知した。
それは風の第一魔法である任意の方向に強烈な突風を起こす魔法である。上手いことにアタラクシアの隣にいるセリカには影響が及ぼさない範囲で魔法を行使していることに、アタラクシアは内心で感心していた。
間違いなく、現れたこの二人は殺害対象であるセリカよりも、アタラクシアを優先している。セリカに至っては戦力とも言えない子供である。故に、一番障害となり得るアタラクシアを第一に優先したのだろう。
前方から風の刃。防がなければ、致命傷となる。しかし後方の突風を防がなければ、前から迫る風の刃を防ぐ魔法を行使しても、魔法を中断されてしまうという二段構えの攻め手だった。
アタラクシアはにんまりと笑うと、先程まで唱えようとしていた詠唱から他の詠唱へと即座に切り替えた。
『――その加護を以て、汝の障害を、守りなさい』
詠唱を終えたアタラクシアがセリカに向けて右手を払うと、黒い膜が彼女を取り囲んでいた。
魔法を使用したアタラクシアの背後に突風が衝突、彼女の身体は前方に向けて吹き飛んだ。更に前方から風の刃が迫る。
「良いわ。楽しめそうね」
アタラクシアの紅い目が、光る。そして彼女は前に吹き飛ばされながら、迫る風の刃を身体を僅かに捻って回避していた。
「なッ――!?」
風の刃を躱されて、黒い服装の一人が瞠目した。
見えないはずだった風の刃を、まるで見えているように回避したアタラクシアにあり得ないと目を見開く。
しかしそう思っていたのも、つかの間――前に向かって飛ばされたアタラクシアは、前方から迫る黒い服装に迫っていた。
「これは躱せるかしら?」
黒い服装に向けて、アタラクシアが人差し指を弾く。彼女の弾いた手から、小さな衝撃波のようなモノが放たれていた。
見えない砲撃を躱す手段など、持ち合わせている訳がない。アタラクシアから放たれた衝撃波が、前方の黒い服装の頭部に衝突して、身体をのけ反らせる。
自身が放った衝撃波で前方に吹き飛ぶ勢いを打ち消したアタラクシアが、今度は中指を前方の黒い服装に向けて弾いた。また強い衝撃波が、彼女の指から放たれた。
それは人差し指を弾いた時よりも、数段威力のあるものだったのだろう。それを躱すこともできずに受けた黒い服装は、その勢いのまま後方へ吹き飛ばされていた。
「さぁ、今度はあなたよ?」
自身の中指から放って衝撃を利用して、アタラクシアは地面に足をつけないまま、後方へと飛んでいた。
仲間の一人がアタラクシアに対処されてしまったことに、瞠目するもう一人の黒い服装だったが、すぐに意識を切り替えた。
『風よ――我に与えよ、疾風の力をッ‼』
「それは悪手ね。面白くないわ」
風の第二魔法を以て、黒い服装が忍ばせていた短刀でアタラクシアに肉薄する。
しかしアタラクシアは素早く迫る黒い服装に中指を弾いて、その者を吹き飛ばしていた。
人間が反応できない速度で迫るはずだったのをいとも簡単に対応するアタラクシアに驚愕しながら、黒い服装はそのまま後方へ吹き飛ばされていた。
二人の黒い服装の対応を終えて、アタラクシアがセリカの隣にさっと戻る。
まるで遊んでいたと言いたげに、アタラクシアは楽しそうに微笑むだけだった。
『火よ――燃やせッ!』
『闇よ――守れ』
そして間髪入れずにアタラクシアに向けて放たれていた炎も、彼女は慌てず詠唱を行い、守っていた。
「お前……ただのガキじゃねぇな?」
今まで見届け、そして最後の隙を見て放っていた火の魔法を防いだアタラクシアに、レグルスは怪訝な表情を見せた。
「もう自分で私のことを話していたじゃない? もしかして、もう忘れたのかしら?」
アタラクシアは戯けるように肩を竦めて、腕を組むとくすくすと笑っていた。
しかしレグルスは、あり得ないと表情を歪めていた。
「ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ? 魔女なんて馬鹿げたのがいるわけがねぇだろうが?」
「それはあなたの認識不足よ。もっと広い視野で物事を見た方が今後の為よ?」
顔を歪めるレグルスに向けて、アタラクシアが小馬鹿にしたように語る。
そこで、ふとアタラクシアは思い出したように満面な笑みを見せた。
「いえ、今後などはなかったわ」
「あ? なに言ってんだ?」
「だって、あなた――死ぬんだもの」
唐突に、アタラクシアが上に視線を向ける。
レグルスも、セリカも、アタラクシアの動いた視線を見て、同じように上を向いていた。
アタラクシアの頭上から、人影が音もなく唐突に降りてくる。
それはまるで、アタラクシアとセリカを守るように、レグルスと彼女たちの間に、彼は立っていた。
「そこの殿方は、あなたがしっかり相手をしなさい。私は周りので我慢してあげる。文句はないわね、ノワール?」
「わかってる……セリカを必要以上に怖がらせるなよ?」
「さぁ? それはどうかしら? 私が楽しめれば、それでも構わないわ」
「言ってろ、さて……」
突如、現れたノワールがレグルスに対峙する。
「現場は見させてもらった。お前には領主を継ぐに値しない人間みたいだ。契約通り、俺はお前を殺すことにしよう。文句はないな?
「急に出てきて、調子に乗ってんじゃねぇぞ?」
レグルスは目の前に現れたノワールに、鬱陶しそうに鋭い視線を向けていた。
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