第三十八話『魔女の遊び』
それは、遊びだった。
セリカには、そうとしか見えなかった。
「まずは遊んであげましょう」
大勢の傭兵達が、セリカに迫った時――アタラクシアは人差し指を立てた。
『闇よ――我の元に集え・汝の力をもって・我に仇なす者達を吹き払え』
アタラクシアがそう唱えると、彼女の人差し指から黒い波紋が広がる。
その波紋が傭兵達に届いた瞬間、セリカ達を取り囲んでいた彼等は何かの衝撃に当てられたように吹き飛ばされていた。
突然の出来事に、傭兵達が吹き飛ばされて驚くが怪我をしていないことを理解すると、再度セリカに向かって駆け出していた。
「学びがない人間は見ていて面白いわね」
迫る傭兵達に、アタラクシアが笑う。
右手の人差し指をアタラクシアが迫る傭兵達の一人に向けると、彼女は軽く指を弾いた。
「がはっ――!」
アタラクシアの動作と共に、彼女に指を向けられていた傭兵が腹部を抱えて倒れ込む。
しかし一人が倒れたところで、三十人を超える傭兵達は止まらなかった。
そんな襲い掛かる傭兵達に対して、アタラクシアは微笑みながら人差し指をさっと横に空を薙ぐ。
そうすると、アタラクシアが指を薙いだ範囲の傭兵達が、勢い良く何かの力で吹き飛ばされていた。
それでも止まることのない傭兵達の一人が、セリカの眼前へと迫り、剣を振りかざす。
「あら? もう来たの?」
セリカを殺そうとする傭兵に向けて、アタラクシアが指を弾くと彼は後方へ吹き飛ばされていた。
「一人の女に大勢の男が群がるのは、見ていて気持ちが悪いわ」
そう言って、アタラクシアが指で楽しげに迫る傭兵達を吹き飛ばしていく。
アタラクシアの指が動く度に、それに合わせて傭兵達が吹き飛ばされていく。
時には腹部や足を悲痛に押さえ、そして吹き飛ばされ、傭兵達がセリカに近づくことをアタラクシアは決して許すことはなかった。
そして何度にも渡ってアタラクシアが拒み続けたところで、傭兵達はようやく気付いたのか――彼女を警戒した目で見つめていた。
警戒、というよりもどこか恐れたような表情で、傭兵達はアタラクシアを見ていた。
傭兵達には外傷はない。しかし打撃のような攻撃を受けたことで、数人が痛みに顔を歪めている。
気づけば、誰もセリカに迫ることをしていなかった。
「もう終わりなの? まだ私は満足していないわよ?」
腕を組んで、周りを取り囲む傭兵達にアタラクシアが失笑を向ける。
「おい……あのガキ、なんで魔法が使えなくならないんだ?」
ふと、一人の傭兵が、そう呟いた。
周りの傭兵達も、気付いたのだろう。アタラクシアの異常な点を。
セリカに襲い掛かった傭兵達を、アタラクシアが詠唱もせずに魔法のような力で彼等を近づかせていない。
それは数回ではない。明らかに異常な回数をアタラクシアが行っていることが、傭兵達には問題だった。
本来なら、魔法が使えなくなるはず。それなのに一向に止まることにない魔法に、傭兵達は困惑していた。
「ビビってんじゃねぇ! どうせ威力のない魔法を使って来てんだ! 数で押せば怖くねぇ!」
一人の傭兵がそう叫び、彼に同調した数人がセリカに向かって走り出す。
「もう少し、覚悟が足りないわね……なら本気を出させてあげましょう」
楽しげにアタラクシアが笑うと、彼女は迫る傭兵達の一人に人差し指を向けていた。
『闇よ――穿て』
アタラクシアの声と共に、彼女の人差し指から黒い球が飛翔する。
その黒い球は一瞬の内に、人差し指を向けていた傭兵の太腿を貫いていた。
「あっ……?」
足を穿たれた傭兵が呆気に取られた声で倒れる。
そしてすぐに、悲痛な叫びがその場に響き渡っていた。
一人の傭兵が足を抱えて痛みに悶える姿に、周りの傭兵達の動きが止まった。
「さぁ? 次は気合を入れて向かってきなさい? 今度は足を切り落とそうかしら?」
アタラクシアがそう言って、笑っていた。
そんな時、微笑むアタラクシアの背後から傭兵達の一人が彼女に向かって駆け出していた。
「良い覚悟だわ。その覚悟に、見合った対価をあげましょう」
背を向けたまま小さく呟いたアタラクシアに、その傭兵が剣を振り下ろした。
『闇よ――斬り払え』
スパン、と綺麗な音が響いた。
セリカの目の前に、綺麗な鮮血が舞う。
しかしアタラクシアは自分とセリカに舞い散る血が振れないように手をさっと払うと、血は二人を拒絶するように飛び離れていた。
「あぁぁぁっ――――‼」
アタラクシアに剣を降っていた傭兵が、叫ぶ。
その傭兵の目には、飛び散る鮮血。そして地に落ちた自分の両手と剣だった。
腕から溢れる止まらない血に驚愕する傭兵に対して、アタラクシアが微笑みながら指を弾くと、彼は勢い良く後方へ吹き飛ばされた。
そして部屋の隅まで吹き飛んだ両手を失った傭兵は、暴れながら失った手を見て泣き叫んでいた。
「もっと綺麗に叫びなさい。見苦しいわ」
部屋に響く叫び声に、アタラクシアが鬱陶しいと言いたげに眉を寄せる。
だが、セリカは耳に聞こえる叫びと、近くに落ちている両手を見ながら――震えていた。
遊んでいる。それは紛れもなく、強者の余裕だった。そして本当の意味でセリカは理解した。
自分の隣に立つアタラクシアという少女は、本当にとてつもなく恐ろしい魔女だということを。
「安心なさい。私が直々に守ってあげているの。そこで立っていれば、死ぬことはないわ」
驚いた形相で落ちている手を見つめていたセリカに、アタラクシアが穏やかな口調で告げる。
しかしセリカは、落ちている手からアタラクシアに視線を向けながら、唖然とした顔で答えていた。
「頼むから間違っても……その魔法、私には使うなよ?」
「私を退屈させない間は、安心なさい」
「ちっとも安心できねぇ……」
引き攣った笑みを浮かべるセリカだった。
「あら? 少しは楽しめそうな方が来たみたいね?」
ふと、何かに気づいたアタラクシアが上に視線を向ける。
セリカも咄嗟にアタラクシアと同じ方に視線を向けると、丁度その時、部屋の天井から人が落ちてきた。
黒い服装の人間が二人。その人間に、セリカは見覚えがあった。
「周りにいる殿方より楽しめそうね。私が遊んであげるわ」
アタラクシアが微笑む。その声に反応するように、突如現れた黒い服装の二人は彼女へと駆け出していた。
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