第三十七話『殺す覚悟があるならば』
「私が……なんだって?」
意味の分からない話をされて、セリカが困惑する。
アタラクシアはセリカの反応を当然と思ったのか、特に気にする素振りもなく答えていた。
「あなたは領主の妻の妹の子供なのよ。あそこにいる男によって一族から迫害を受け、追放されたセリカ・フローレスの一人娘ってこと、これで分かったかしら?」
「全く意味が分からねぇよ! 私が領主の家系の子供だとか意味分かんねぇこと言ってんじゃねぇぞ!」
セリカが理解できずに、アタラクシアに叫ぶ。
動揺を見せるセリカに呆れた笑みを見せて、アタラクシアは小さく肩を竦めていた。
「突拍子のない話でしょうから、無理もないわね。それでも、事実よ。受け入れなさいな」
「証拠はあるのかよ! 私がその娘って証拠が!」
今だに信じられないセリカが、アタラクシアに自分を頷かせる理由を問う。
今まで孤児として生きてきた人間に、唐突にこの街の領主の家系の子供だと知らせても、到底信じられる話とはセリカには思えなかった。
「あるに決まってるわ」
しかし、アタラクシアは即答していた。思わぬ彼女の反応に、セリカがつい押し黙る。
「理由は三つ。ひとつは、セレス・フローレスの特徴である赤髪と翡翠の瞳をあなたも持っていること。ふたつは、事前に伝えられていた娘の年齢が十二歳と一致していること」
ひとつひとつ指を立てて、アタラクシアが端的に理由を告げる。
「そして最後は、あなたの首にあるネックレスよ」
そして最後の理由をアタラクシアが口にした時、セリカが反射的に自身の首に掛けているネックレスを見つめていた。
「あなたの首に掛けられたネックレス、そのペンダントは元はセレス・フローレスの持ち物だったの。あなたがペンダントを持った時、その中にある紋章の龍の目が光るのは、フローレス家の人間が持つと光る細工が魔法でされているものと聞いているわ」
セリカは思い出した。自分の持っているペンダントが、なぜか自分が手に取るとペンダントの中にある紋章のようなものの龍の目が光ることを。
それがフローレスの家系の人間にしか現れないものだと知り、セリカは更に困惑することになった。
「あ? 待てよ……それなら最初からシア達は私がその探してた奴って分かってて、ずっと一緒に私といたのか……?」
しかしそれでも現状をどうにか理解するセリカが、思わず疑問を口にしていた。
ノワール達が初めからセリカが探していた人物と分かっていて、アタラクシアのことを知ってしまったことから街の案内と言って無理矢理に彼女を雇い、一緒に行動したのも全て分かった上でだったのか。
「あなたを見つけたのはただの偶然よ。“あの子”は運がとても良い子なの。確信を持てたのはノワールがあなたのペンダントを見た時からだわ」
「じゃあ、ルミナも分かってて……?」
今までの鬱陶しいくらいに自分に引っ付いていたルミナも、自分のことを知っていた上で関わっていたのだろうか。そんな思惑でルミナが自分と接していたと思うと、セリカは複雑な気持ちになった。
「そんな不安な顔をしなくて良いわよ。“あの子”は知らないわ。あの子があなたに懐いたのは、それはあなたの人柄よ。安心なさい。打算などであの子が人に取り入るような子でないのは、あなたも理解してると思うのだけど?」
セリカの不安な考えに、アタラクシアが微笑む。
アタラクシアがそう話すのなら、おそらく本当にそうなのだろう。セリカはそう思いながら、小さく胸を撫で下ろしていた。
「諸々の事情は後でノワールにでも訊きなさいな。とりあえず先に伝えておくことがまだあるとすれば、私達が待っていたのはあのレグルスという男がセリカを殺そうとする場面を見ることだったということだけよ」
そう最後に話すと、アタラクシアはレグルスに向き合っていた。
セリカが何か訊こうと声を掛けても、それ以上は答える気がないとアタラクシアは彼女に背を向けるだけだった。
「私が話している時、何もして来なかったのね。意外と紳士的なところがあるのは意外、褒めてあげるわ」
くすくすと、アタラクシアが笑う。
今までアタラクシアを見つめていたレグルスは、彼女への警戒を緩めることなく鼻で笑うだけだった。
「魔法が使えるからっていい気になるんじゃねぇよ。こっちにはまだ手段は幾らでもあるんだからな」
レグルスがパチンと指を鳴らす。
その音が響いた時、アタラクシアとセリカの周りの暗闇から、多くの人影が現れた。
突然、周りに現れた人影にセリカが慌てた様子で見渡す。
セリカ達の周りに現れたのは、軽装の鎧を身に纏った傭兵達だった。体格の大きい、小さいなど多くの傭兵達が、セリカ達を逃がさないように囲う。
「よくもまぁ、これだけの人を子供一人殺すために集めたわね」
周りを見渡して、アタラクシアが呆れた顔で失笑を見せる。
「面倒な魔石使いがいるなら、数で攻めるのが一番効果的だ。そんなこと常識だろ?」
「そうね。魔法を使い切らせたら、魔石使いはただの人だもの」
勝ち誇った顔でアタラクシアと向き合うレグルスだったが、彼女は特に覚えることもなく周りの傭兵達を退屈そうな顔で見渡していた。
「これで、私達を殺せると思ってるの?」
「お前がなんで魔法を使えるかは知らねぇが、もう五回も魔法を使ったんだ。残りの使える魔法なんて、ほとんどないに決まってるだろ?」
レグルスから見て、アタラクシアは第一魔法を五回使っているのが分かっている。そこから逆算して、子供が魔法石を大量に持っていると思えない故に、彼はアタラクシアがこれ以上の魔法を使えるとは思わなかった。使える可能性があったとしても、あと一度か二度が限界だろう。
大勢の傭兵に一斉に襲わせれば、間違いなくアタラクシアは殺せる。それを確信して、レグルスは笑みを浮かべた。
「そう……ならご自由になさい。でも、覚悟して来ることよ?」
アタラクシアの周りから、黒い煙のようなモノが溢れてくる。
傭兵達、そしてレグルスが見たことのないアタラクシアの現象に、思わず驚く。
「殺しに来るということは――殺される覚悟を持っているのよね? それなら、全力で臨みなさい。私が直々に遊んであげる」
戯けるように肩を竦めて、アタラクシアが小馬鹿にした声色で傭兵達に告げる。
アタラクシアの声と共に、傭兵達は揃って勢い良く彼女とセリカに向かって駆け出していた。
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