第三十四話『疲れても、関係ない』
その日の夜、ノワール達は酷く疲れた顔で宿屋に戻っていた。
夕方まで傭兵達から逃げ続け、住居地区の喧噪に紛れながら宿に戻り、早々と食事を済ませて、ノワール達は気づけば夜になった頃、部屋で疲れた顔を見せ合っていた。
「つ……つかれた……」
ベッドに倒れ込みながら、セリカが嘆く。
部屋に戻って早々に身体を洗い、寝間着に着替えて倒れ込むベッドの心地よさが、堪らなく疲れた身体に癒しを与える。
このまま眠ってしまいそうだと思いながら、セリカはなんとか意識を保っていた。
「お前は走ってないだろ……? 俺が一番疲れた」
「私だって気疲れしたんだよ……なんだよ、アイツ等……住宅街まで追ってきやがって……」
「俺が知るわけないだろ……」
ベッドで項垂れるノワールが、セリカに呆れた表情を見せる。
今日一日、ノワールは見つかればセリカとルミナを抱えて逃げて、そして隠れるという行動をひたすらに続けていた。
まさか住居地区から商店街まで傭兵達が追ってくるとは思わず、追ってきた傭兵達を見た時はノワールの度肝を抜いていた。
逃げたのは良いが現状を理解していない憲兵達が傭兵達を追い、傭兵達がノワール達を追うという訳の分からない状態になっていた。
その間、ノワール達が憲兵にも追われなかったのは運が良かった。最終的に夕方頃に憲兵達と傭兵達が騒動を起こしたのを好機と見て、早々と宿屋までノワールは隠れるように戻ってきたのだ。
「疲れた。俺もシャワー入って寝る」
「ノワール、お疲れ様。早く休んだ方が良いよ」
「そうする……」
余程疲れたのだろう。ノワールは声を掛けてきたルミナに疲れ切った顔を見せながらベッドから立ち上がると、颯爽と身体を洗いに向かっていた。
セリカは身体を洗いに向かったノワールを見届けて、彼がいなくなると早々に溜息を吐いていた。
「本当に疲れた……」
天井を見て、セリカが急激に襲ってくる眠気に負けそうになる。
しかし隣にいるルミナは、その類ではなかったらしい。
「ねぇねぇ! セリカ! 今日もカードしよ!」
「その元気はどこから出てくるんだよ……」
カードを持って楽しそうに自分に話し掛けてくるルミナに、セリカが驚愕していた。
今日一日、逃げ回っていて疲れているはずなのに平然といつも通りに振舞っているルミナが理解できなかった。
「なんで、お前疲れてないんだよ」
「……ん? だってノワールに抱えてもらってたし、ノワールは今日疲れて大変だったと思うなら今日はカードできないけど、セリカは大丈夫でしょ?」
確かに実際に身体を酷使していたのはノワールだった。しかし体格の良い男達に何故か狙われているセリカとしては、心労の方が大きかった。
ことあるごとに自分を狙ってくる意味の分からない集団に追いかけられて、平然としている顔をしている方がどうかしている。
「ルミナ、お前が気楽なのが今だけは羨ましい」
「変なセリカ……それでカード、やる?」
「やらない。早く寝たい」
「……そう、残念」
しょぼくれるルミナには申し訳ないが、今日だけは勘弁してほしい。早く休みたいと思ったセリカはルミナにそう伝えると、ゆっくりと目を閉じていた。
また明日も、自分は追いかけられるのだろうか。ノワールの仕事の探している人も見つからないのに、一体どうなるのだろう。そんなことを考えながら、セリカは意識を手放しかけた時だった。
強烈な爆裂音と共に、セリカ達のいる部屋の窓周辺が吹き飛ばされた。
目の前で起きた爆発に、眠りかけていたセリカが飛び起きる。ルミナも手に持っていたカードが爆発の風に吹き飛ばされるのを悲しそうに眺めていた。
「あっ、カード」
「本当に呑気だな! お前!」
部屋の窓が綺麗に抉られたように破壊されて、セリカとルミナが揃って視線を向ける。
二人が顔を向けると、そこには顔尾を隠した黒い服装の二人組が立っていた。
「どっちだ?」
「赤毛と聞いている。面倒な黒髪の手練れがいると聞いている。人質に銀髪も連れて行こう」
黒い服装の二人組が物騒なことを話していた。
このままでは拙い、そう思うとセリカはすぐに行動を起こした。
「おい! ノワールッ!」
即座に、セリカが叫んでいた。
シャワー室に入っていたノワールが下着姿で慌てて出てくる。
「なんだ! 今の爆発はッ!」
『風よ――吹き飛ばせ』
しかしノワールがシャワー室から出てきた瞬間、黒い服装の二人組の一人が、そう唱えた。
風の属性指定、一説の詠唱。その風の第一魔法は、任意の方向へ向けて、突風を放つ魔法だった。
「ッ――‼」
突如の突風に、部屋の扉を破壊しながらノワールが吹き飛ばされていく。
ノワールが一時的に部屋からいなくなった隙に、もう一人の黒い服装の一人が行動を開始する。
『闇よ――意識を刈り取れ』
闇の属性指定。一説の詠唱。闇の第一魔法。それは魔法の発動範囲にいる人間の意識を奪う魔法だった。
魔法を使用した黒い服装が手を向けたのは、ベッドにいるセリカとルミナ。その者の手から黒い波紋が飛び、二人にそれが当たった瞬間――二人は意識を手放していた。
力なく倒れる二人を、黒い服装の二人がそれぞれ一人ずつ抱えていく。
そしてルミナとセリカを抱えた二人が顔を見合わせて頷くと、すぐにその場から立ち去っていた。
「急に魔法を使ってきやがって……!」
下着姿でノワールが遅れて部屋に戻って来る。
しかしノワールが戻ってきた部屋は、もぬけの殻だった。
誰もない部屋。破壊された部屋の一部をノワールが見つめる。
「ルミナまで連れてったのか……まぁ、その方が都合は良いか」
荒れ果てた部屋を見て、ノワールが呟く。
とりあえず、下着姿のままから着替えなくは。
そう思うと、ノワールはすぐにシャワー室に戻っていた。
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