第三十三話『正規の理由ではない』




 住居地区をノワールが駆ける。

 ノワールの後ろには二十人程の傭兵達が血走った眼をして、ノワール――というよりも彼に抱えられるセリカを追い掛けていた。

 先程の傭兵達の騒ぎを見ていたのか、住居地区の住民は身を隠したらしい。走りながら周りを見ていたノワールは、周辺にいるはずの住民が揃って姿を消していた。

 逃げるのに邪魔な人が居なくて良かったと思う反面、人混みに隠れるという方法を選べなくなっている状況にノワールは面倒そうに顔を顰めていた。




「なんでアイツ等追って来てんだよ!」

「お前に用があるみたいだな」




 軽快な足取りでノワールが傭兵達から逃げていく。




「ノワール。あの人達、近づいてきてるよ?」

「分かってる。そりゃ子供二人抱えてたらな」




 ルミナはノワールに担がれている状態で背後を見ると、傭兵達に指を差しながら告げていた。

 子供二人を抱えた状態では走る速度が出ないため、少しずつ傭兵達がノワールに迫って来ていた。

 セリカも顔を傭兵達に向けると、彼等が迫ってきていると理解するや否や、彼女はノワールに慌てて叫んでいた。




「来てるって! なんとかしろよ!」

「お前を置いていけば、俺とルミナはは逃げられるぞ?」

「ふざけたこと言ってんじゃねぇよ! 私の雇い主だろ!? ならちゃんと責任持って守れよ!」




 セリカが大声でノワールに怒鳴っていた。

 傭兵達の目的は、理由は不明だがセリカである。ノワールとルミナは関係ない話なので、彼がセリカを置いて逃げれば間違いなく二人は逃げられるだろう。

 しかしそんなことをセリカは容認するわけがなかった。後ろから追ってくる恐ろしい形相の傭兵達に捕まれば、何をされるか分かってものではない。




「そうは言ってもな……このままだと間違いなく追いつかれそうだ」

「それなら魔法でも使えよ! 私とルミナ抱えても魔法使えばなんとかなるだろ!」




 ノワールは魔法を使える魔石使い知っているからこそ、セリカはそう提案した。彼の使える魔法で、以前にセリカが速く移動できる魔法があることを一度見たことがあった。その魔法があれば、この場から逃げることなど容易なはずだった。




「こんな人の多い場所で魔法なんて使えるかよ。お前も知ってるだろ? 魔石使いって知られるわけにはいかない」

「ならどうすんだよ! 逃げ切れる方法ないんだろ!」




 しかしノワールがそれを拒否して、再度セリカが声を荒げた。

 逃げ切れるとは思えない状況に、セリカが動揺を見せる。対してルミナは、後ろから走って来る傭兵達に手を振って呑気な表情を見せていた。

 ノワールが眉を寄せて悩む素振りを見せる。そしてすぐに彼は渋々と言いたげに肩を落としていた。

 自分一人、もしくはルミナと二人ならば後ろの集団から逃げることも可能である。しかしセリカも抱えた状態なら、それは難しいとノワールは判断した。




「仕方ないか……セリカ、この先で人のいない路地とかあるか?」




 ノワールの言葉の意図を、セリカはすぐに察した。

 セリカは周りを見渡して現在地を把握すると、すぐにノワールに伝えていた。




「この次の十字路を右に曲がって、すぐ左の路地に入れ! いつもは私みたいな孤児が集まってると思うがこれだけ騒ぎになってれば誰もいないと思う!」

「わかった」




 セリカの指示通り、ノワールが十字路を右に曲がり、すぐに視界に入った左の路地へと走る。

 路地に入って、セリカの話通り誰もいないことを確認すると、ノワールは小さく呟いた。




『風よ――我に与えよ、疾風の力を』




 風の属性指定、二節の詠唱。風の第二魔法――自身の身体の身体能力を向上させる魔法を、ノワールが行使する。

 ノワールの周りに小さな風が舞う。そして彼が足に力を込めると、その場から勢い良く跳躍していた。

 人間の跳躍力では、本来なら僅かの高さまでしか跳ぶことはできない。しかしノワールは魔法の力を以て、路地の左右に建てられた二階建ての建物の屋上まで跳躍していた。




「……すげぇ」




 自分の身体が高く跳び上がる光景に、セリカが目を大きくした。

 ノワールが魔法を使った場面を見たことはあるが、自身が経験したことのないセリカにとって、それは衝撃的な経験だった。




「おい! 居ねぇぞ! どこ行きやがった!」

「探せ! この辺りにいるはずだッ!」





 建物の屋上にノワールが降りたと同時に、先程までいた路地から傭兵達が騒ぐ声が響く。

 しかしノワールはその声に反応することもなく、すぐにその場から離れていた。

 屋根から違う屋根へと飛び移って、ノワールが颯爽と屋根を駆けていく。




「ノワール? どこまで行くの?」




 走るノワールに、ルミナが問う。

 屋根を移動しながら、ノワールは視線を先に向けて答えていた。




「商店街に行く。人が多い場所の方が色々と楽だ」

「大丈夫なのか? そんな人の多いところに行って?」




 ノワールに抱えられながら、セリカが疑問を抱く。

 追われているのなら、人のいない場所などに向かうのが良いとセリカは思っていた。




「いや、人の多い場所の方が良い」

「だからなんでだよ!?」

「俺達を追ってるのが憲兵じゃなく傭兵だからだ。おそらくだが、正規な理由じゃないからだろう。それなら人の多い場所の方が都合が良い」

「……どういう意味だよ?」




 セリカが問い掛けるが、ノワールは答えることなく走り続けていた。




「ノワール! 商店街に行くならあっちだよ!」

「わかってる。もう少しで魔法が切れる。近くなったら降りるぞ」




 ルミナが指を差す方へ、ノワールが駆ける。

 次第に聞こえる商店街の喧噪を聞きながら、セリカは理由を答えなかったノワールに怪訝な目を向けていた。

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