第三十二話『心当たりは?』
「隠してんじぇねぇよ! このボケッ! 知ってること吐けってんだろ!」
「そっちこそ隠しているんだろうがッ! 報酬独り占めしようって分かり切ってんだよ!!
体格の良い傭兵二人が、顔を赤くして言い争いをしていた。彼等を中心に、他の大勢の傭兵達が野次を飛ばし合う。
明らかに関わってはいけない雰囲気の状況に、セリカは見た途端に思わず顔を強張らせていた。
「こんな昼間から何やってんだ……?」
「全くだな。関わるのも面倒だ」
セリカの呟きに、ノワールが頷く。
そんな二人を余所に、平然とルミナがその集団に近づこうとしていたのをノワールが彼女の襟首を慌てて掴んで止めていた。
「あう……!」
「……なんで自分から行こうとしてんだよ」
明らかに面倒なことになりそうな場面で自ら首を突っ込もうとするルミナに、ノワールが呆れた表情を作る。
ルミナは首を傾げると、騒がしい傭兵達を一瞥して答えていた。
「だって困ってるみたいだよ?」
「絶対に関わるな。ロクなことがない」
「そうなの?」
「あれ見て分からないのかよ……?」
顎でノワールが傭兵達を指す。今も彼等は飽きもせずに大声で言い争いをしていた。
「だって困ってるみたいなんだよ?」
「それはさっきも聞いた。良いからああいうのは放っておけば、勝手に殴り合って勝ち負け決まれば収まる。別にお前が行っても大して意味はない」
ノワールの話していた通り、傭兵達は言い争いから発展して、互いに拳をぶつけ合う殴り合いが始まっていた。
殴り合いが始まった瞬間、野次馬達が騒ぎ立てて大乱闘に発展しような雰囲気になっていく。
「お前、アレに首突っ込もうとしたのかよ……」
視線の先で起こっている現状を見て、セリカが顔を引き攣らせた。
ノワールが止めていなければ、本当にルミナはあそこへ向かっていたのだろう。
それを平然と当然の行いと思っているルミナの口ぶりに、セリカは呆れ果てていた。
「だって困ってる人は助けた方が良いってノワールも言ってたんだよ? ならどうして困ってるか訊いた方が良いと思う」
「いや、あれは困ってるんじゃなくて喧嘩してるだけだろ?」
ルミナの言葉に、セリカが即答する。
なにが原因で喧嘩になったかは分からないが、決してルミナの思っているようなことではないのは見て分かることだとセリカは思っていた。
「二人とも離れるぞ。このままだとこっちまで来そうだ」
大乱闘になった喧嘩が広がり、離れて見ていたノワール達の場所まで喧嘩の範囲が広がりつつある。
目視で二十人以上はいる大乱闘に、周りの住民達が慌てて逃げていく。このままだと騒ぎを聞きつけた憲兵団が来てもおかしくない状況になっていた。
「さっさと離れようぜ。ここに長居すると本当に面倒なことになりそうだ」
セリカが大乱闘をしている集団から背を向けて、ノワール達を催促する。
ノワールは襟首を掴んでいたルミナをそのままにして、セリカに頷いていた。
そしてセリカとノワールがその場から立ち去ろうとした時――一人の傭兵が大きな声を上げていた。
「おい! 全員見ろッ! あそこのガキッ!」
一人の傭兵が、指を差して叫ぶ。
その声と共に、今まで騒々しかった乱闘が瞬時に止まると彼等は全員揃ってその傭兵が指を差す方を向いていた。
傭兵が指を差す先、それはノワール達に向けられていた。
「あ……?」
思わず、ノワールが傭兵の指を差す方に振り向くが、そこには誰もいなかった。
怪訝な顔を見せるノワールが再度傭兵の指を一瞥して、その先を視線で追っていく。
そして指が差す方にいたのは――セリカだった。
「お前、なんかしたか?」
「なにもしてねぇよ!」
「いや、俺達と会う前になにかやらかしたとかあるだろ?」
「むしろお前が前に三人倒したことしか記憶にねぇよ!」
疑いの目を向けるノワールに、セリカが声を荒げる。
セリカの反応を見る限り、自覚はないらしい。むしろ心当たりがあるとすればノワールの方と彼女は思っているような態度だった。
それなら先程の傭兵は、セリカを指すのではなくノワールを指していなければおかしかった。
しかし明らかにセリカに向けられている指を見て、ノワールは眉を寄せていた。
「おい! そこの赤毛のガキ! てめぇセリカって名前かッ!」
唐突に傭兵集団の一人が、ノワール達に向けて声を荒げる。
その時、ノワールは察知した。これは拙いと。
しかしノワールが口を開くよりも先に、ルミナが彼等に向けて声を大きくして答えていた。
「そうだよー!」
「おい! 馬鹿、お前っ!」
ルミナの返答にノワールが驚愕する。
そんなノワールを余所に、ルミナの返事を聞いた傭兵達が顔を合わせあうと、揃ってノワール達に向き合っていた。
「ようやく見つけだぞ……!」
「へへっ、あいつを捕まえて突き出せば金だ金ッ!」
何か物騒なことを傭兵達が呟いている。
ノワールは頭を抱えながら、襟首を掴んでいたルミナをさっと右肩に担いでいた。
「えっ? ノワール?」
呑気な声を出すルミナを放置して、ノワールが立ち尽くしているセリカに近寄る。
「おい、セリカ」
「……あ? どうしたんだよ?」
まさか傭兵達の目的が自分と知り、唖然としていたセリカが呆けた表情を見せる。
しかし呆けるセリカを無視して、ノワールは彼女の身体を左手で掴むと、まるで荷物のように左脇に抱えていた。
「おい! なんだよ! 離せって!」
「大人しくしてろ。何が目的は知らんが、アイツ等に捕まりたくなかったら……分かるな?」
有無を言わせない真剣な目で、ノワールがセリカに小さく呟く。
ノワールのあまり見ない態度に、セリカがたじろぐが目の前にいる傭兵達の表情を見ると――素直に頷いていた。
まるで猛獣のような顔で自分を見つめる男達に、セリカは底知れぬ恐怖心のようなものが沸いていた。
「頼むから二人とも、絶対に暴れるなよ」
そう言って、ノワールが傭兵達に向き合う。
傭兵達が今にも襲い掛かりそうな目を向けているのを見ながら、ノワールは口を開いていた。
「コイツになんのようだ? それくらい教えろ」
「てめぇに教える義理なんてねぇよ! バァカッ!」
一人の傭兵の言葉を皮切りに、傭兵達が揃ってノワールに馬鹿にした笑い声を向ける。
「いいからそのガキを渡しやがれッ! 若造がッ!」
そして傭兵の誰かがそう告げた瞬間、傭兵達が揃ってノワール達に向けて走り出していた。
全力疾走で走り、腰に携えた剣まで抜いて駆ける傭兵達を眺めながら、ノワールは深い溜息を吐いた。
「おいおい! 来てるぞ! 来てるって!」
「わかってる……ったく、走るぞ」
迫る傭兵達から背を向けて、ノワールは走り出した。
「逃げんじゃねぇぞ! ゴラッ!」
「俺達を出し抜いて報酬貰おうとしてんじゃねぇぞ!」
「ぶっ殺してでも奪い取ってやる!」
後ろから聞こえる罵詈雑言を適当に聞き流しながら、ノワールが顔を顰める。
「お前、本当に何もしてないよな?」
「してねってのッ‼」
面倒なことになった。後ろから追いかけてくる二十人程の男達を一瞥して、ノワールは肩を落とした。
とりあえず、あの男達から逃げ切ろう。そう思いながら、ノワールはしっかりと落とさないように二人を抱えて走る速度を上げた。
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