第三十一話『街の在り方』




 コルニス領の住居地区。その中でも貧民層に部類する地区に、ノワール達は来ていた。

 貴族地区や住居地区にも、細かい部類がされている。住居地区には平民層と貧民層と大きく二つに分かれて区分けされていた。

 その中の貧民層――この街で最も治安の悪い地区をノワール達は歩いていた。




「知ってる人、本当にいないねぇ~」




 気楽な口ぶりで、ルミナが辺りを見渡しながら呟く。

 先を歩くルミナについていくように、ノワールとセリカは歩いていた。

 朝から昼過ぎまで様々な人達に根気よく聞き込みをしたが、探しているセレスという人間の有益な情報は得られていなかった。




「だから言っただろ? 無駄足になるって」




 呆れた表情で、セリカが口を尖らせる。思っていた通りの結果になっている現状に、彼女はつい溜息を吐いていた。




「それにしても、どいつもこいつも白けた顔してるよなぁ……」




 ふと、セリカが周りの人間を見ながら小さく呟いた。

 古びた建物が入り組んで並ぶ住居地区の貧民層が住む場所には、色々な人間がいた。

 忙しなく働く人間もいれば、道端に座り込む人間。はたまた路地の奥に隠れるように座る子供などなど、他の地区に比べると明らかに治安の悪さが伺えた。また、それらの人間全員が古びた服装をしていれば、嫌でもこの場所が普通ではないことを認識させられた。

 貴族地区と商店街にいる人間とは違い、この場所はあまりにも貧困の差を感じる場所だった。

 そしてセリカの見るここに住む住民の目は、揃って一緒に見えた。

 何かを諦めたような目だった。生気の乏しい目は、見ていて良い気分にはならなかった。加えて、数日前の自分も同じ目をしていると思うと、セリカは嫌気が差した。




「この街は変わってる。この街は特にだろうな」




 周りの住民を見て暗い顔を見せるセリカに、ノワールが何気なく答えていた。

 隣を歩いているノワールを見上げて、セリカが怪訝な表情を見せる。

 ノワールは周りを視線で眺めながら、淡々と口を開いた。




「貧富の差ってのはどこの街でもある。だけどそれは街の外とかで国が管理してない場所にある小さな町とかの話だ。コルニス領のこの街はかなり大きな街なのに、わざわざ住民を区分けして管理してるのが俺は気に入らない」

「普通は違うのかよ?」

「違うも何も、国は住民が居るからこそ成り立つ。この街は言わば小さな国だ。住民がある程度困らないように国を成り立たせるのが王……領主の仕事だろうに」




 路地に隠れる孤児を見遣って、ノワールが溜息交じりに話す。

 しかしセリカには、いまいち理解できない話だった。国の在り方の話などされたところで、一般的な教養を持っていない彼女には分かりかねる内容だった。




「私にはよく分かんねぇけど……この街の領主は良い奴じゃないってことか?」




 しかしそれでも唯一分かったことだけ、セリカはノワールに訊いていた。

 もしこの街の領主がちゃんとしていれば、自分のような孤児が大勢いるこの地区が生まれなかったのか。

 貴族層に住む人間と商店街、そして住居地区に住む人間達に卑下される人間がいない街になっていたのだろうか。




「さぁな。それをどうにかするのが王様の仕事だ。だけど、もっとまともにはなっていたと思いたい。この場所を見ていると、特にな」




 だがノワールにも、セリカの問いに答えられる答えは持ち合わせていなかった。

 政治や国の運営などしたこともないノワールには、それがどれほど大変なことかは想像の範囲でしかできないことだった。

 周りの人間を見るノワールの目は卑下でもなく、ただ悲しげな目をしているとセリカは思った。




「ふーん。そりゃ、そのヤバそうな子供には継がせるわけにもいかないか」




 この街の内情を聞いて、セリカはしみじみと呟いた。

 今の領主の子供は、聞いた話では良い人間とは思えない。そんな人間が領主を継げば今よりももっと悪い環境になるのは、セリカでも想像できた。




「そうだろうな。だから慌てて今の現状を引き継げる人間を探してるんだろうさ。まともでなくても、普通の人間なら良いだろうってところだろう」

「ならあの城に住んでる他の奴がやればいいんじゃないのか?」




 今の領主の子供が継げないのなら、他の人間が継げばいいだけだ。それこそ、セリカが指を差した街の中心にある領主の城に住んでいる人間の誰かが継げば良い。




「そんな簡単に領主を渡せるけないだろう。それが一族で継がれてるものならなおさらだ」

「そんなに大事か?」

「今まで一族で長い時間を掛けて築いてきた地位だ。簡単に他の人間に渡すなんてことができる人間なんていない」

「誰が王様になるかで揉めるくらいなら、みんなで決めれば良いのに」




 何気なくセリカが呟いた言葉に、ノワールが心底驚いた顔を見せた。




「意外だな……そんな言葉がお前から出てくるとは思わなかった」




 なにも知識を持ち合わせていないセリカが、まさかそんな発想をするとは思わなかった。

 選挙制という言葉を知らないのを考慮しても、セリカの発想はノワールの意表を突くのに十分だった。

 ノワールの顔を見て、セリカが口を尖らせていた。




「また私のことを馬鹿にしてんのか?」

「いや、素直に褒めてるから安心しろ」




 だがノワールは首を横に振って、セリカの言葉を否定していた。

 不機嫌なセリカを見ながら、ノワールが小さく頷く。




「なるほどね。これなら納得もできる」

「あ? 今、なんか言ったか?」

「いや、なんでもない。ただの独り言だ」




 ノワールが一人で小さな笑みを浮かべる。

 急に笑うノワールに気味が悪いとセリカは言いながら、少し距離を置いていた。




「あっ! ノワール! あっちが騒がしいよ! 何かあったのかな?」




 そんな時、ノワールとセリカの先を歩いていたルミナが指を差しながら叫んだ。

 ノワールとセリカの二人が、ルミナの声のする方へ反射的に視線を向ける。

 三人が見つめる先には、傭兵達が言い争っている光景があった。

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