第三十五話『待っていた』
目が覚めた時、何が起きたか分からなかった。
冷たい床の感触を感じながら意識を取り戻したセリカは、混濁する意識の中で困惑していた。
どうにか身体を起き上がらせて、セリカが頭を振って無理矢理意識を覚醒させる。
「ここ、どこだ……?」
そして周りを見て、セリカは怪訝な顔を見せていた。一緒にルミナも、自分の横で心地よさそうに眠っている。
見たことのない大きな広場に、自分はいた。建物の中ということはすぐに分かった。しかしこれほどまでに大きい建物を、セリカは見たことがなかった。
周囲に灯された火の灯が、セリカに内装を視認させる。壁を見れば、丁寧に作られた壁に華美な装飾。床を見れば、石の床だったが乱雑な作りではなく、綺麗に整えられたものだった。更にセリカの視線の先に、柔らかそうな生地でできている絨毯も見える。
今いる場所が豪勢な場所だと、辺りを確認したセリカが思った。そしてここはどこなのだろうかと、彼女は考えていた。
ここに来るまでの記憶がない。どうにかセリカが思い出そうとして、彼女の最後の記憶が宿で襲撃に合ったことだと思い出した。
謎の二人組に宿を襲われ、何かの魔法で眠られてしまった。そして気付けば、今の場所にいた。
おそらく、あの二人組に攫われたのだろう。セリカはそう思うと、慌てた様子で隣で寝ているルミナの肩を揺すっていた。
「おい! ルミナ! 起きろって!」
「うーん、もう食べられないよ……のわーる」
「呑気な寝言言ってんじゃねぇぞ!」
身体を揺すっても起きないルミナに、セリカが驚きながら大声をあげる。
しかし何度も身体を揺さぶっても一向に目を覚まさないルミナに、セリカが諦めかけた時だった。
「耳元で煩いわね。少しは静かになさい」
ルミナの口から、彼女のモノとは思えない声がセリカに聞こえた。声は一緒なのに、毅然とした声が彼女の耳に響く。
そう答えて、ルミナが起き上がると、セリカは目を大きくして驚いていた。
倒れていたルミナが起き上がる最中、彼女の髪の色が変化していくのをセリカは見てしまった。
ルミナの銀髪の先端が、唐突に色が銀髪から黒に変わっていく。そしてそれが髪全体を黒に染め上げながら、ルミナだった人間は立ち上がっていた。
「ふーん。まぁまぁの場所ね。少し、装飾の趣味が悪いくらいかしら」
辺りを見渡して、アタラクシアがつまらなさそうに呟いていた。
今までセリカはルミナからアタラクシアに変わる場面を見たことがなかった故に、驚きを隠せなかった。
そして本当にルミナがアタラクシアなのだということを、セリカが再確認した瞬間だった。
「シア? なんで……?」
思わず、セリカの口から言葉が漏れる。だが、すぐに彼女は理解していた。
「あなた、何を言ってるの? あの子が眠ったから私が出てきただけよ?」
ルミナが眠る時、アタラクシアが出てくる。そんなことを以前にセリカは聞いていた。
それを理解して、セリカは察していた。アタラクシアが出てくる条件をルミナが満たしていたことに。
「なら早く出て来いよ! なんで今になって出てきたんだよ!」
「私が出なければいけないところなんてあったかしら?」
「襲われた時に決まってるだろうが!」
それ故に、セリカは叫んでいた。
ルミナが眠ったのは、宿で襲われた時のはずだった。アタラクシアが出てこれる条件は、その時点で満たしていた。
ならばその時点でアタラクシアが現れるはずなのに、なぜ今になって彼女が出てきたのかセリカには理解できなかった。
「あの時? ああ、あの時ね。別に私は出る気はなかったわよ?」
「……はぁ?」
アタラクシアの返答に、セリカは唖然としていた。
明らかに襲われてルミナが眠らされた時が出てくる場面だったのではないか。なにも問題ないことだと平然と告げるアタラクシアに、セリカは意味が分からなかった。
「お前……殺されてたかもしれないんだぞ?」
「もしそうなったら、別に問題ないわ。その時は私が起きるだけよ」
「……間に合わないって思わないかよ?」
「本当に、そう思ってるの?」
滲み出るアタラクシアの自信に、セリカが思わず口を噤む。
確かに魔女であるアタラクシアならば、襲われそうになった時点で対処できるだろうとセリカは思ってしまった。
しかしそれでもセリカは納得ができなかった。
「それならなんで今更出てこようと思ったんだよ。用がないなら出なくても良かっただろ」
死なないと分かっているなら、こうしてアタラクシアが今更出てきたことにセリカが疑問を抱く。
アタラクシアは僅かに首を傾けると、ふと納得したように小さな笑みを浮かべていた。
「そうだったわ、あなたには言ってなかったわね」
「なにをだよ」
「私は、ここに来るために起きなかったのよ」
「……なに言ってんだ?」
怪訝な表情を見せるセリカに、アタラクシアが微笑む。
そしてアタラクシアが笑みを浮かべながら、何気なく視線をとある方へと向けていた。
アタラクシアが向ける視線の先、唐突に何かを見つめていた彼女に、セリカが思わず同じ方へと視線を向けた。
「あそこにいる。人間が出てくるのを、私達は待っていたのよ」
アタラクシアの視線の先、建物内にある暗闇の先をセリカが見つめる。
目が暗闇に慣れていないのか、セリカにはその先が良く見えなかった。
「早く出てきなさい。女性を待たせる殿方は、甲斐性がないと言うのよ」
しかしアタラクシアには見えているのだろう。彼女が暗闇の先に、そう告げていた。
その時――暗闇の先から、可笑しそうに笑い声が響いた。
気分が悪くなるような、声だった。暗闇の中から声が響き、そして一人の男がゆっくりと現れた。
「ガキが大した口叩くじゃねぇか。大人には敬意を払うってこと、教わらなかったのか?」
暗闇から現れたのは、細身の男だった。鋭い目をした整った顔立ちの青年。素肌にコートを着ているのか、見える肌が普通の人間よりも筋肉質だと伺える。
乱暴な口調と服装を見て、見るからに粗暴な人間。そんな印象をセリカは、目の前の男に受けていた。
「敬意とは敬う対象に使う言葉よ。私が敬う人間がいるなら、是非とも教えてほしいわ」
目の前の男を見て、アタラクシアが小馬鹿にした微笑みを見せる。
それが気に食わなかったのだろう。その男は見るからに不機嫌そうに表情を歪めていた。
「おい、ガキ。俺が誰か知ってて、そんな口叩いてんのか?」
「ええ、勿論。聞いていた通りの人間みたいね」
威圧する男に、アタラクシアが頷く。
セリカはその男を知っている素振りのアタラクシアに、反射的に訊いていた。
「おい! シア、アイツ誰か知ってんのかよ!」
「あなたも聞いたでしょ? あそこにいる人間は、このコルニス領の領主の息子――レグルス・ヴェン・コルニス本人よ」
「俺を知っててそんな舐めた口叩くなんて良い度胸してんな? 二度と舐めた口叩けねぇようにしてやるぞ?」
その男――レグルスが、アタラクシアを睨みつける。
しかしアタラクシアはそんな威圧も気にもせずに、楽しそうに微笑むだけだった。
そしてセリカは目の前にいる男の正体を知って、現状が理解できないことに顔を強張らせるだけだった。
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