第二十七話『予兆』
結局のところ、三人が一日中街を歩き回っても、セレスという人間は見つからなかった。
数日前にコルニス領に来たノワール達がこの街ですでに探した場所を除外し、セリカの案内で様々な個所を探し回った。
まず、貴族地区は除外。すでにノワールとルミナが一通り確認済みということもあるが、そもそも貴族街に住んでいる人間は領主達によって把握されている。その中に探している人間がいれば、ノワール達に仕事が依頼される訳がない。
残るのは、商店街と住宅地区。商店街に関しては、ノワールの数日前からの根気のいる聞き込みをしても有益な情報は得られなかった。悲しいことに、そんな人間がいたという話すら聞くことはなかった。
そして最後に残ったのが、住居地区だった。住んでいる人間に手当たり次第に聞き込み調査を行ったが、これも特に成果になる情報はなかった。またセリカの案内で人通りのない路地などに住む浮浪者などにも聞き込みを行ったが、まず相手にされないことや、情報を話すと言って高額な報酬を要求するなどという人間しかいなかった。
ノワール達が最後に残していた住居地区にセレスの情報がないか期待していたが、セリカの案内で細かい場所を探し回っても、結局は何も成果のない三日間が過ぎていた。
「まったく知ってる奴がいねぇじゃねぇか!」
不機嫌そうにそう言いながら、セリカが更に大盛りで盛られたパスタをフォークで絡めて頬張った。
セリカがノワール達の仕事を手伝い始めて三日目の夜。今日も三人は先日から泊っている宿屋の一階で夕食を食べていた。
「こうなるだろうとは思ってたさ。もしかしたらと淡い期待くらいはしていたが、こうも微塵も成果がないといよいよ街の外ってのを疑っても良いかもな」
パンを齧りながら、ノワールが苦笑する。
特に気にしてもいないノワールの様子に、セリカは目を吊り上げていた。
「そう思ってるならわざわざ三日間も街を歩き回る必要なかっただろ!」
「そう言うな。人探しってのは手間暇が掛かるんだ。地道なことからコツコツと、そういうもんだ。俺達の知らない場所にお前が案内してくれたお陰で住居地区にもいないってのが分かったら、それだけでも儲けもんだ」
ノワールがそう話すが、セリカとしては納得できないところがあった。彼女はその不満を食欲で晴らすように、勢い良くパスタを口に入れていく。
「ったく……これじゃあ無駄足じゃねぇか」
「まぁまぁ、セリカも落ち着こ? ノワールの仕事ってこういうのも多いから慣れたらあんまり気にならないよ?」
そんな不機嫌なセリカを、彼女の隣に座るルミナが笑みを見せながら宥めていた。
ノワールの仕事に連れてもらっているルミナも、過去の経験から“この手”の仕事には慣れているらしい。
しかしルミナにそう言われても、セリカは不満げな表情を崩さなかった。
「私だって金貰ってんだ。見つかりませんでした、はい終わりってなるわけないっての」
「なんだ? 思ったより仕事熱心じゃないか?」
思いのほか仕事に対する態度が良いセリカに、ノワールが意外そうに驚く。
また小馬鹿にされた。セリカはそう感じると、眉を寄せて不服そうに鼻を小さく鳴らしていた。
「孤児の私だってプライドがあるんだよ。無理矢理雇われてるが、世話になって、金貰ってんだ。やることはやるっての」
それはセリカなりの誠意とも言えた。自分の衣食住をノワール達と共にいる期間、全て彼等の世話になっている身としてただの穀潰しになるわけにはいかなかった。
この三日間、とても今までの自分では得ることのできない生活をセリカはさせてもらっている。
盗みをせずとも、食事が三食できる。薄汚い衣服を着ることもない。そして寒さに耐える必要もなく、柔らかいベットで眠れるのがどれ程有り難いことなのかを、セリカは知ってしまった。
ノワール達の仕事がこのまま長引けば、その時間だけセリカは彼等の世話になる。それは衣食住が簡単に賄えない孤児としては、仕事が長引く方が良い思いができると考えるだろう。
だが、それは世話になっているノワール達にあまりにも失礼だとセリカは感じていた。世話になっている分、彼等の仕事を手伝おうという気持ちが彼女の中に少しずつ芽生えていた。
「その心意気は買ってやるが、焦るとロクなことにならない」
ノワールとしても無理矢理雇ったセリカが仕事に対して協力的なのは予想外だったが、彼女の誠意は感じていた。
実際にセリカと共に行動して、街を歩き回っていた時もこまめに入り組んだ住居地区の説明をしていた。街の地図をあらかじめ持っていたノワールでも、地図に詳細に書かれていない裏路地や地下道などを知っているわけではない。それをくまなく把握していたセリカには舌を巻いたほどだった。
セリカが街の詳細を把握するようになったのは窃盗などを行い、逃亡する為だったと知った時は、思わず呆れ果てたノワールだったが彼女のお陰で仕事が楽になったことには変わりない。
「じゃあ、明日からは街の外にでも行くのか?」
街に目的の人間がいないと判断して、セリカが徐に問う。
しかしノワールは、かぶりを振ってパンを齧っていた。
「いやまだ街の外にはいかない。とりあえず、もう一日だけ明日も住居地区に行く予定だ」
「はぁ? また行くのかよ? もういないって分かっただろ? 私が知ってる場所は全部見たんだぞ?」
予想外の返答に、セリカが驚いた。
三日間探しても見つからなかった。いや、ノワール達がセリカと合流するまでの期間を含めると六日間も街を探しても成果のなかったことは明確なはずなのに、諦めもせずに街の捜索を続けるというノワールの意見は理解に苦しむものだった。
「訊かれた時に思い出せなくて、後から思い出すってこともあるだろ? それを期待して、もう一度訊きに行くんだよ」
「無駄足にしかならないぞ?」
「人探しなんて無駄足の継続なんだよ。良いから、お前の雇い主がそうするって言ってるんだから大人しく従ってろ」
ノワールの意見に抵抗するセリカだったが、雇い主のノワールに強く言われてしまえば彼女も言い返す言葉が出なかった。
「……わかったよ」
渋々とセリカが頷く。確実に徒労に終わることが目に見えているのが分かっているのが、セリカの肩を重くしていた。
「ん? 明日も街を歩くの?」
「そうだ。明日もだ」
「じゃあ明日は帰りに商店街行きたい! 今日、気になるお店見つけたから帰りに行っても良い?」
「ああ、帰りなら別に問題ないぞ」
「ほんと! やった!」
自分とは正反対に呑気にするルミナに、セリカは自分との反応の違いに困惑していた。
「本当にお前は気楽だよな……」
「こういう時はどんな時でも楽しいことを見つけるのが良いってセシアが言ってたの! そうすればお仕事も楽しくなるって!」
仕事中に他のことに意識を向けるのはどうなのかとセリカは思った。
だが、そう思っても人探しという気の遠くなる仕事を経験したセリカも、ルミナの言いたいことは少しだけ理解はできた。自分も真似をするかと言われれば、それは別の話になるが。
「ねぇねぇ! セリカ! 今日も後でカードで遊ぼ!」
「またかよ。別にルミナがやりたいなら良いけどよ」
「だって折角一緒に遊べるんだもん! 沢山遊びたいんだ!」
そう言って、ルミナが満面な笑顔を見せた。
セリカは呆れて肩を落とすが、その表情は僅かに笑みを浮かべる。
考えてみれば、自分も生きることだけを考えて遊ぶということを考えたことはなかった。
一緒に居る間くらいは、ルミナの我儘に付き合っても良いだろう。そう思いながら、セリカは渋々と頷いていた。
そんな会話をする二人を見つめながら、いつの間にか食事を済ませていたノワールが珈琲を啜る。
そして気怠そうに窓の外を見つめて、ノワールは小さく呟いた。
「それに、そろそろ何か来るだろうしな」
その呟きは、楽しそうに会話するセリカとルミナの耳には、聞こえていなかった。
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