第二十六話『探し人はだれ?』
「領主って、確かこの街で一番偉い人だよな?」
どこかで聞いたことのある知識の中で、セリカが知っていることを思い出す。
ノワールは少し驚いた顔を見せながら頷いていた。
「そうだ。よく知ってるな」
「私だってそれくらいは知ってる。馬鹿にすんな」
数少ない知識で知っていて良かったとセリカが内心で思う。知らなければ、またノワールに小馬鹿にされていた。
「まぁ、正確には領主って訳じゃない。その付き人みたいな人が今回の依頼主だ」
「わざわざ人探しに他の国から人なんて普通雇うか?」
ノワールの仕事の内容を聞いて、セリカが首を傾げる。
人探しなんて仕事なら、普通ならば街の中だけで済ませられる仕事である。憲兵や傭兵など、幾らでも雇える人間は考えられる。それなのにわざわざ他の国から人を雇うという考えがセリカには分からなった。
「街に探し人がいなかったら街の外に出るさ。まずは街の中からってことだよ」
「それでも別に外から人を雇う必要ないだろ? アンタ達以外にも雇われてる奴っているのか?」
「聞いた話だといるみたいだ。実際に会ったことはない」
興味もなさげに、ノワールが答える。
セリカはノワールの返事に不可解だと眉を寄せた。
「互いにどこ探したか教えあれば、そいつを探すのが楽になるんじゃないのか?」
仕事を受けている人間が他にいるのなら、その人達と情報を共有するべきだとセリカは思った。その方が効率が良い。同じところを複数人で探すのは二度手間になる。
「普通はな。だが、今回の仕事はその探してる人間を見つけた奴にしか報酬が払われない。そんな内容なら他の同業者に情報を流す奴なんていないだろうさ」
ノワールにそう言われて、セリカは怪訝な表情を見せながらも納得する。しかし、それでも不可解なことがあった。
「早い者勝ちって、変な話だな」
人探しの仕事と言うのなら、依頼主は探している人が見つかることを望んでいるのが普通だろう。なら見つかった時点で全員に報酬を払うことにして、全員に情報共有をさせて探させるのではないだろうか。
「流してる人間が普通の人ならな。今回の依頼主は余程焦ってるんだろうさ」
「焦ってる?」
首を傾げるセリカだったが、ノワールは彼女の疑問に頷きながら答えていた。
「難しい話になるが、大丈夫か?」
「馬鹿にすんなっての。良いから話せよ」
それは理解できるかという意味なのは、セリカも理解できた。
遠回しに馬鹿にされたようで、セリカはムッと表情を固くしていた。
「なら話すぞ。まず、このコルニス領って街の話になる。この街の領主が数年前に妻を亡くした。それからしばらくしてそれが原因か分からないが、領主が重い病を患って後先が短いってことは知ってるか?」
「へぇ……領主が死ぬってことは、街の一番偉い人がいなくなるってことか?」
歩きながら世間話のように伝えられたノワールの話の内容に、セリカは内心で驚いていた。
「そういうことだ。それは割とこの街じゃ有名な話なんだが、この街の領主は街の名前にもなっているコルニス家が代々引き継ぐ。親から子へ、そしてその子の子供って流れで継がれていく」
「ならその領主の子供が継ぐってだけだろ。子供の一人くらいいるんじゃないのか?」
聞いている限り、普通の話だった。一族が代々引き継いで街を管理する。現在の領主が亡くなるなら、次の代に変わるだけの話だろう。
「一応領主には息子がいるんだが……これが問題児なんだ」
「なんかヤバい奴なのか?」
「聞いた話だと、かなり好き勝手にやっていたみたいだ。女遊びやら酒で問題起こしたり、乱暴者ということで息子の方は街では悪い意味では有名になってる」
無意識に、セリカが呆れ果てた表情を作っていた。
そしてそんな人間がこの街の領主になると思うと、この街に住む人間が気の毒になってしまう。かくいう自分もその一人なのだが……特別自分には影響が出ないと思う話だった。
「ここからが割と内密な話になるんだが……そんな時、こんな話が出たんだ。それが――」
「おい、良いのかよ。そんな話をこんな場所でして?」
思わず、セリカがノワールの言葉を遮る。
しかしノワールは特に気にせず、肩を竦めるだけだった。
「こんな色んな人達が通って、露店とかが賑わってる場所で他人の話なんて聞く奴なんていない」
セリカが周りを見ると、露店の商人は大声で叫び客寄せをしている。確かに人が大勢歩き、馬車が通っている場所で知らない他人の話をわざわざ聞く人間なんているとは思えない。
「それなら良いけどよ……」
「なら話し戻すぞ? とにかく、領主の妻の妹に一人の子供がいるって話だ。息子が領主を継ぐべき人間でないのなら、他の血縁の人間を当てようと領主と側近の人達は考えた」
「ふーん、領主の妻の妹ねぇ……ってことは居場所くらい分かるんじゃないのか?」
領主の血縁なら居場所くらい把握していると思うのが普通だろう。
しかしセリカの誰もが思う考えに、ノワールは小さくかぶりを振っていた。
「かなり昔に行方不明になってる。だからその妹の居場所も分からないし、その子供もどこにいるか分からない」
そこまで聞いて、セリカはようやく納得した。
そしてノワールの頷きながら、セリカが顔を思い切り顰めていた。
「それ、探すの無理だろ?」
どう考えても、無理難題だった。街にいるというのが決まっているわけではなく、行方不明になった人間とその子供を探すのは並大抵のことではない。
それ故に、セリカは他の国からわざわざ人を雇う理由も理解できた。街から外になり、広範囲になれば街の人間だけで探すのは困難だろう。その為に、わざわざノワール達のような人間が集められたのだろう。
「だろうな。探している人間の特徴もかなり怪しいくらいだ」
「そう言えば聞いてなかったな。その人ってどんな人間なんだ?」
「その妹の方は黒髪で、琥珀色の瞳。右目の下に黒子があって、確か名前は――」
忘れたのかノワールが歩きながら考える仕草を見せる。
セリカがしばらく見つめているとノワールは思い出したのか、その名前を口にしていた。
「――セレスって名前だ」
「セレス……?」
「セレス・フロールス、それが妹の名前だった」
「セレス……セレスねぇ」
歩きながら、セリカがその名前を呟く。
セリカの初めて聞く名前である。しかし不思議と口に馴染む名前だった。
どうしてだろうか。そんな疑問を抱きながら、セリカは小さく首を傾げていた。
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