第二十五話『他人の判別』
セリカが先を歩くノワールとルミナを追い掛け、そして彼女が先程のノワールの失言を謝らせるというひと悶着が終わり、三人は街の中を歩いていた。
三人のいるコルニス領は、サンガルドという国の中にあるひとつの街である。
円の形に作られた街で、正門から大通りの先に大きな城が街の中心地に建てられている。その大きな城を中心として円状に貴族地区、商店街、住居地区という風に大まかに分かれている街だった。
その中の商店街。コルニス領で一番盛んに人通りの多い大通りを、三人は歩いていた。
「人、多いな」
「なんだ? お前はここには来てなかったのか?」
「あんまり来ねぇよ。騒ぎでも起こすと憲兵に捕まるからな」
「間違っても、俺達といる時に手癖が悪いことするんじゃないぞ?」
「やるかっての。そこまで馬鹿じゃねぇよ」
不満げに鼻を鳴らして、セリカが気分転換に周りを見渡す。
大通りを歩く人達を、セリカがぼんやりと歩きながら眺める。
「全然……違うもんだな」
ふと、セリカは先程から感じていたことがあった。
薄汚れたボロボロの上着を着ていた時とは違い、普通の格好になって街中を歩いているセリカは、自分の周りから感じる視線があまりにも普通だと感じていた。
誰も自分のことを奇異の目で見ていない。昨日までの街を歩いているだけで嫌悪の対象として見られていたのとは真逆で、誰もが自分のことを気にもせずに歩いている。
ただ着ている服が変わるだけでこれほどまで反応が違うことに、セリカは内心で辟易していた。
「気分悪そうな顔してるな」
「……あ?」
前を歩くノワールが、ふとそんなことを呟く。
セリカは不愛想に反応を見せると、僅かに目を細めながら周りを一瞥していた。
自分の周りで“普通”に生きている街の人々を見ながら、少しの間を空けて、
「……ただ服が違うだけで、人ってのは目が変わるんだなって思っただけだ」
小さく、セリカがそう呟いた。
ノワールはその言葉だけで、セリカの感情を察したのだろう。彼は小さく肩を竦めながら、溜息を漏らした。
「そんなものだ。だから言っただろう。あの格好は悪目立ちするって」
「うるせぇっての。別に、そこまで気にしてねぇよ」
しかしそう答えても、セリカの視線が時折にすれ違う街の人間に向けられる。
普通にすれ違っているがきっと先程まで着ていた服で自分が歩いていたなら、先程の人間も自分に関わらないように距離を取るのだろう。
セリカはそんなことを思いながら、無意識に呆れた表情を見せていた。
「他人を判断するのに、人間はその人のどこを最初に見ると思う?」
「…………知らねぇよ。そんなもん」
唐突なノワールの問いに、セリカが反応に遅れる。
素っ気なく答えたセリカに、ノワールは呆れ果てた顔で苦笑していた。
「顔、髪、体型、それに服装。目で見える範囲でしか、大多数の人間は他人を判別できない。当たり前の話だ」
前を歩くノワールが振り向きもせずに語る。
勝手に話し出したノワールに怪訝な表情を見せながらも、セリカは特に反応することもなく、彼の後ろを歩いていた。
「その人間の中身や身分がどうであれ、貴族の格好をしていれば貴族だとしか思わないし、兵士の格好をしていればそいつは兵士に見える。逆を言えば、貴族が浮浪者の姿をすればその人間は浮浪者にか見えない」
「……何が言いたいんだよ?」
遠回しなノワールの言い回しに、彼の話の意図が汲み取れないセリカが目を吊り上げる。
ノワールは背後から感じる視線に呆れつつも、苦笑いしていた。
「あまり気にするな。お前が気にするほど、人間ってのは腐ってないって話だ」
ノワールが顔を動かして、少し先を歩くルミナに視線を向ける。
セリカもノワールと同じようにルミナを見ると、彼女は少し先で楽しそうにノワール達が歩いている道に並ぶ露店を眺めていた。
「よくわからねぇよ。そんな難しいこと私に言われても」
そう答えるが、セリカは理解していた。ノワールが話したことの意味を。
十二歳という年齢の子供でも、それは理解できることだった。
人間は初対面で他人を判別するには、外見を見る。それはセリカ自身もそうだった。まずは服装、髪型に顔立ち、そして体型を見て、相手がどんな人間かを判断する。
孤児の以前の自分と同じ姿をしていれば、その人は浮浪者にしか見えない。また高価な身なりをしていれば、貴族と思い、決して近づくこそはない。
今まで無意識に行っていた行為だったが改めて言われると、セリカは複雑な気分になった。こんな簡単なことで自分の扱いが変わる世間の目に、理解していても素直に納得ができなかった。
「すぐに慣れる。それで他人と同じがもし嫌なら、自分だけでもルミナみたいな人間になるように心掛けると良い。外見に囚われないで人を見れる人間も、多くはないが少なからずいる……そんな人間が多くでもなれば、世の中は少しくらいは良くなるだろうさ」
二人の先を歩くルミナが笑みを浮かべて露店の商人と会話している姿を、セリカがぼんやりと見つめる。
セリカが思い出すのは、昨日の出来事。傭兵達に痛めつけられて、ボロボロな姿をした自分に声を掛けたルミナの顔だった。
あの顔を思い出して、ルミナが稀有な人間だとセリカは再認識していた。自分を心から心配していた表情、みすぼらしい姿でも、それを気にすることなく他者と接することができる人間なのだと。大抵の人間なら関わらないで無視する場所でも、それに関わろうとする特殊な人間がルミナのような子なのだろう。
「面倒な人間になりそうだ」
「間違いない。それは俺が保証してやる」
「その言い方だと、随分とルミナに面倒を掛けられたのかよ?」
気さくに笑みを見せるノワールを見て、セリカは視線の先にいるルミナを見ながら訊いていた。
ノワールが答えず、笑みを見せる。後ろから見える彼の横顔を見て、なんとなく答えを察したセリカはそれ以上のことを訊くことをやめていた。
そしてしばらく経って、セリカは気まずさ故にノワールに違う話を振っていた。
「それで? 私に街の案内をしろってどういう意味だ?」
先を歩くノワールの後ろから、セリカがそう問い掛ける。
ノワールを声を掛けられても、彼はセリカに振り向くことなく答えていた。
「そうか、お前にはまだ俺達の仕事を話してなかったな」
見えるノワールの横顔から見える目が忙しなく動いていることを、セリカが今になって察する。まるで何かを探しているような視線の動きだった。
しかし必ず時折にノワールがルミナを確認している辺り、彼も相当ルミナに意識を受けていることも察することができた。
「俺達は、この街の領主に雇われて人探しをしてる」
「領主……? 冗談だろ?」
また何気なく大事なことを言われた気がした。
平然と話したノワールの話に、思わず足を止めてしまうほど、セリカは困惑していた。
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