第二十二話『文字ならば』
「聞こえないなら……?」
頭を抱えたセリカだったが、ふと頭が閃いた。
ルミナがアタラクシアに関することが聞こえないのなら、他の手があると。
「おい! ルミナ、お前って文字とか書けるか?」
「えっ……? うん。ちゃんと書けるよ?」
セリカの唐突な質問に、ルミナが呆気に取られながらも答える。
ルミナが文字を書けると知ったルミナは笑みを浮かべると、すぐにそれを実行していた。
部屋に置かれたテーブルの上にペンと紙をセリカが慌てた様子で取りに行き、それを彼女はルミナに無理矢理渡していた。
「それなら! 今から私の言う言葉を書いてくれ!」
「ん? 別に良いけど……?」
強引なセリカを見て、ルミナが不思議そうな顔を作る。しかしそれでも渋々ながらルミナは渡されたペンと紙を受け取った。
何を書かされるのだろうか。そんな疑問の目をルミナに向けられながら、セリカはその言葉を一文字ずつ伝えようと試みた。
口頭で伝えられないのなら、文字で伝えれば良い。そんな安直な考えをルミナが実行しようとした時だった。
「はい、そこまでだ」
セリカがそれを実行する前に、彼女の身体は聞こえてきた声と共に急に宙に浮いていた。
襟首を掴まれて、まるで猫のように持ち上げられたことにセリカが驚く。
そしてセリカが首を後ろに向けると、そこには目を細めているノワールがいつの間にか現れていた。
「あっ! ノワール! 帰ってきたの?」
「ああ、成果のない報告をしてきただけだったからな。すぐに終わった」
「なら今日もお仕事?」
「そうだ。少ししたら出かけるぞ!」
「うん! あっ、そうだ! ねぇ、ノワール、私の耳が変みたいなんだよ! さっきからセリカの話してることが聞こえなくて、ノワールなら治せる?」
思い出したようにルミナがノワールに尋ねる。
ノワールは眉を僅かに寄せると、渋々ながら頷いていた。
「ああ、治せるぞ」
「ほんと! じゃあお願い!」
「なら、耳貸してみろ」
「うん!」
セリカを持ち上げたままのノワールに、セリカが駆け寄る。
そしてノワールにルミナが耳を向けると、彼女はノワールが魔法で治してくれると期待していた。
ノワールがそっと顔をルミナに近づける。何故、魔法を使う時に向ける手ではなく、顔なのだろうとルミナが首を傾げた瞬間――
「わぁっッ‼‼‼‼」
ノワールが大きな声でルミナの耳に叫んでいた。
唐突に大きな声を耳元で叫ばれたことに、ルミナが目を大きく見開く。そしてすぐに彼女は身体をふらふらとさせながらベッドに倒れ込んでいた。
「うぅ……! みみ……みみがぁ……!」
ベッドで耳を押さえながらルミナが悶える。近くにいたセリカでさえ、咄嗟に耳を塞ぐほどの声量だった。
ノワールは倒れて悶えるルミナを見ながら、小馬鹿にしたような笑みを見せていた。
「なんだ? 全然聞こえてるじゃねぇか? 特に何も変じゃないぞ? 多分、お前の気のせいだろうな」
「の、のわーる……! いきなりひどい……!
「はいはい。それだけ言い返せるなら大丈夫だ」
「……ぜったい! セシアにいいつけてやる……!」
「勝手にしろ。俺は別に構わん」
そう言って、悶えているルミナを余所にノワールがセリカを一瞥する。
何か有無を言わせないノワールの鋭い目つきに、セリカが反射的に身構える。
ノワールはセリカを持ったまま、今だにベッドで蹲るルミナに素っ気なく話しかけていた。
「ルミナ、ちょっとコイツ借りるぞ?」
「せりかにようじ?」
「ああ、ちょっとな」
「ごじゆうに……! わたしは……まだみみがいたいから、すこしやすんでます……!」
たどたどしい返答を最後に、ルミナが力なくベッドに倒れる。
ノワールはルミナがそれを最後に反応を見せなくなったのを確認して、持ち上げたセリカをそのままに部屋から立ち去ろうと歩き出す。
「ちょっと待て! 私はルミナに!」
しかしセリカは、ノワールのそれを拒否していた。
折角、ルミナにアタラクシアのことを訊ける案が浮かんだのだから、自分はそれを実行しなくてはならなかった。
ルミナが僅かに反応しようと身体を動かす。だが、それよりも先にノワールがセリカの耳にポツリと呟いた。
「――良いから、お前は黙ってろ」
凄みの利いた声で、ノワールがセリカに告げる。
絶対に拒否させないという意思の篭ったノワールの声を聞いて、セリカが思わずたじろぐ。
大人しくなったセリカを見て、ノワールは不満げに鼻を小さく鳴らしていた。
そしてセリカはされるがまま、ノワールに持ち上げられた状態で彼と一緒に部屋の外に連れ出されることとなった。
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