第十九話『ふたつの魂』
「……どういうことだ? 本当に、アンタがルミナだって?」
「ええ、その通りよ。私は“あの子”であり、“あの子”は私。それと言い忘れたのだけど、私のことをアンタなどという無粋な呼び方はおやめなさい。私は自己紹介をしたの。頭の良いあなたなら、これだけでどうするのが正しいか分かると思うのだけど?」
セリカの疑問に、アタラクシアが頷く。そして彼女がセリカにじっと見つめると、セリカは思わず頬を引き攣らせていた。
セリカはアタラクシアの目で分かった。その目が、自分に拒否などの選択肢がないこと。
アタラクシアの言いたいことを理解したセリカは、彼女の有無を言わせない目を見ながら静かに頷いていた。
「分かった……アタラクシアさん」
「私は、もっとあなたと親しくなりたいの」
「…………シア、これで良いか?」
「よろしい、賢い子は好きよ?」
セリカの選択に満足して、アタラクシアが微笑む。
その笑みと同時に、アタラクシアから威圧感が消えたことでセリカが胸を下ろした。
「それで……? ルミナとシアが一緒ってどういうことだ?」
だが安堵しながらも、セリカはアタラクシアから先程の自身の疑問の返答を得ていないことを思い出して、再度訊いていた。
アタラクシアが目を僅かに大きくする。しかし彼女はすぐに楽しそうに微笑んでいた。
「あらあら、分かってもらえなかったの?」
「意味が分からない。ルミナとシアが同じ人間だって言うのかよ?」
「ええ、だから何度も言ってるじゃない?」
全く話が理解できず、セリカが苛立ちのあまり雑に頭を掻きむしる。
アタラクシアとルミナが同じ。その意味がセリカには全く理解できなかった。
「どういう意味だよ! 意味わかんねぇ!」
セリカに理解されないことにアタラクシアがつまらなさそうに小さく口を尖らせる。
しかし僅かに戯けるように肩を竦めると、アタラクシアは
パチンと指を鳴らしていた。
「賢いと思っていたのだけど、頭が固いのかしら? もっと柔軟な考え方をしてみなさい」
またアタラクシアがいつの間にか移動して、部屋に置かれた椅子に足を組んで座る。
身体と衣服が子供でしかないはずなのに仕草ひとつひとつの全てがどこか大人びているのが、セリカには気味が悪く見えた。
「分かるわけないだろ? 変なことばっかり良いやがって!」
アタラクシアにセリカが不満を訴える。遠まわしにしか話そうとしないアタラクシアに、セリカは少しずつ苛立ちを感じていた。
未だ理解していないセリカに、アタラクシアが呆れて肩を竦める。そして彼女は渋々と口を開いた。
「では、ヒントをあげましょう。ひとつの器に、ふたつの魂」
自分の髪を手持無沙汰と言いたげに触りながら、アタラクシアはそう言った。
アタラクシアにそう言われて、セリカは顔を顰めながら彼女の告げたヒントを頭の中で反芻する。
ひとつの器に、ふたつの魂。その言葉をしばらく考えて、セリカはハッと気づいた。
そしてそれを理解すると、あり得ないとセリカは目を大きく見開いていた。
「一人の人間に、ふたつの人間がいるって言ってんのか?」
「まぁまぁの答えね。一応、概ね正解とでも言っておきましょう」
セリカが驚きながら告げた言葉に、アタラクシアはようやく満足する答えを聞けたことに笑みを浮かべていた。
しかし、それだけでは納得できなかった。セリカはアタラクシアとルミナが同じ人間だと言うことを理解しても、疑問しか浮かばなかった。
「なら、なんでルミナの口からシアの名前が出てこなかったんだよ? アイツならシアの名前なんてすぐに出すだろ?」
ルミナのことを少しは知っているセリカの最もな疑問だった。
子供らしい純粋な性格であるルミナならば、同じ人間というアタラクシアのことを認識していれば、間違いなく彼女の口からアタラクシアの名前が出るはずである。
しかしセリカがルミナと今日一日接している時、彼女から一度たりともアタラクシアの名前は出ていなかった。
「へぇ……良いところに気づいたわね」
「シアがルミナを分かってるのに、ルミナがシアのことを分かってないのはどう考えてもおかしいだろ? 同じ人間ならお互いのことを分かってないとおかしいんじゃないのか?」
そもそも一人の人間に二人の魂があるということがあり得ない話なのだが、セリカはそれを内心で思いながら訊いていた。
「“あの子”を知ってから私のことを知った人が思う最もな疑問ね。それは簡単よ、私が“あの子”を認知しても、“あの子”は私のことを認知してないだけよ」
「もっと分かりやすく言えよ……!」
「“あの子”は、私を知らないってことよ。それなら“あの子”が起きている時、私の名前が出ないことも納得できないかしら?」
また意味の分からないことを言い出した。
頭痛がしそうになる。セリカはこめかみに手を添えながら、思い切り顔を顰めていた。
「なんでシアがルミナのことを分かってんのに、ルミナがシアのこと分かってないんだよ?
「その疑問の答えはとても簡単なのだけど……そうね。今のところで私が言えることは、時が来るまで“あの子”は私を認知できないと答えておくわ」
「私がルミナにシアのこと言えば良いだけだろうが?」
反射的にセリカは、アタラクシアにそう言っていた。
アタラクシアの言う通り、ルミナが彼女のことを認識していないのなら他の誰かがルミナに彼女のことを伝えれば良いだけである。
誰でも思いつきそうなことに、セリカは怪訝な表情を作っていた。
「ふふっ……なら“あの子”が起きている時、私のことを話してみるといいわ。それが一番分かりやすいわ」
「なんで今教えないんだよ?」
「この私が、あなたの驚く顔が見たいだけよ」
「……アンタ、見た目通りの良い性格してるわ」
今までのやり取りで、セリカはアタラクシアの人柄を大まかに察していた。
そんなセリカに、アタラクシアはくすくすと楽しげに笑っていた。
「あら? 私の外見は“あの子”と同じよ? それは“あの子”も性格が悪いってことになるけど、良いのかしら?」
「アイツはシアみたいに怖い顔しねぇよ。髪だって違うし、目だって――――」
そう言いかけて、セリカは今更ながらの疑問に気づいた。何故、今まで気づかなかったのだろうと思いながら、セリカは思わず訊いていた。
「おい、なんでルミナと髪と目の色が違うんだよ? 同じ人間なら髪と目の色変わるのおかしいだろ?」
セリカの視線の先にいるアタラクシアの髪は黒い、そして目は紅玉のように赤い瞳。大してルミナは銀髪に、琥珀色の瞳だった。
アタラクシアとルミナが仮にも同じ人間というなら、色が変わるわけがない。身体はひとつである以上、身体の色が急に変わるわけがないのだから。
「ふふっ、それも最もな疑問ね」
「良いからそういうの。誤魔化すなよ」
「淡白な話は好きではないの。もっとお話は華がないと」
癖が強いとセリカがアタラクシアと話しながら思う。
アタラクシアはそんなセリカの内心を察したのか、呆れながら小さく吐息を吐いていた。
「あなたが淑やかさというものを理解するのは、もっと先みたいだわ……そうね、“あの子”と私の色が違うのは――」
アタラクシアが少し悩む仕草を見せる。そして良い言葉が思いついたのか、彼女は頬を緩めていた。
「――私と“あの子”の根本が違うから、と答えましょう」
「だから分かるように言ってくれ……」
アタラクシアの答えに、またセリカは頭を抱えていた。
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