第十八話『魔女』



「魔女……? アンタ、なに言ってんだ?」




 微笑むアタラクシアに、セリカが顔を顰めた。

 怪訝な表情を見せるセリカだったが、アタラクシアは微笑んだまま笑みを崩さなかった。




「アンタがその魔女とか魔法使いとかはよく知らねぇが……アンタがルミナじゃないなら、なんでアンタはルミナと同じ格好してんだよ! ルミナはどこに行ったんだよ!」




 そんなアタラクシアの余裕を見せる態度に、セリカが眉を吊り上げていた。




「あら……? もしかしてあなた、魔女を知らないの?」

「そんな変なもん、私が知るかよ。良いからルミナはどこにいるんだよ?」




 意外だと言いたげなアタラクシアに、セリカが再度問う。

 だが、アタラクシアはセリカの問いに答えることもなく、口元に左手を添えるとお淑やかに笑っていた。右手をお腹に添えて、心底可笑しいと言わんばかりにアタラクシアはセリカの問いに笑っていた。




「ふふっ、まさか魔女を知らないなんて……良いわ、すごく良い。流石に知っているだろうと“あの子”の中で視ていたけど……まさか本当に知らないなんて」




 自分の問いの何が面白いのか、笑い続けるアタラクシアに不服そうにセリカが目を鋭くさせる。

 しかしセリカのその態度が、更に嬉しかったのだろう。アタラクシアは再度声を殺しながら笑っていた。

 そして一頻り笑い続けると、アタラクシアは大きく深呼吸して自分の気持ちを整えていた。




「はぁ……こんなに笑ったのは久しぶりだわ。本当のところ、会うつもりはなかったのだけど……私の気が変わったのは運が良い……あなたと会えて良かったわ」

「何がそんなに笑えるのか、私には微塵も分からねぇよ。なんだ? 満足したから、私を殺すって言うのか?」




 背筋に駆け抜ける悪寒を感じながら、セリカがアタラクシアを睨みつける。

 既に分かっていた。目の前にいるアタラクシアという得体の知れない少女は、間違いなく今まで会った人間の中で一番恐ろしいと。

 どの道、死ぬというのなら疑問を残したまま死ぬ気にはなれなかったセリカは、精一杯の抵抗をアタラクシアに見せていた。




「殺す? そう……魔女を知らない子供でも、私のことは感じられるのね。なるほど……それは良い勉強になったわ」

「だから勝手に納得してないで私の質問に答えろよ!」




 勝手に一人で話を進めているアタラクシアに、セリカが怒鳴る。

 セリカが突然大きな声を発して、アタラクシアは鬱陶しそうに眉を寄せていた。




「急に大きな声を出すのはおやめなさい。耳障りだわ」

「なら、私の質問に答――!」




 相変わらず、自分の質問に答えようとしないアタラクシアにセリカが声を荒げる。

 しかしセリカが大きな声を出した途端、アタラクシアは不快だと目を僅かに細めた。




「――少しは静かになさい」

「――!?」



 アタラクシアが右手をパチンと鳴らした瞬間、セリカの口が強制的に閉じられていた。

 何か強力な力で口を開かないように閉じられて、セリカが瞠目する。




「――!! ッ――!!」




 しかし声を出そうという行為をセリカはやめなかった。口が閉じられても、どうにか大きい声を出そうと試みる。

 アタラクシアがセリカの態度に不快な表情を作る。そして彼女はセリカに面倒そうに左手を向けると――それに合わせて、セリカのの身体は“何かに掴まれた”ように動かなくなっていた。

 突然口を塞がれ、加えて身体の自由も利かなくなったことにセリカが驚愕する。

 だが、それでもセリカは抗おうと試みた反応を見て、アタラクシアは呆れたと言いたげに小さな溜息を吐いていた。




「少しは静かになさい。そうしないと本当に……」




 左手をセリカに向けながら、そっと彼女の首に右手の人差し指を添える。




「ッ――!?」」




 その瞬間、セリカは戦慄した。自分の首に添えれたのは間違いなくアタラクシアの指のはずなのに――明らかに感触が違っていたことに。

 まるで、鋭い刃物を添えられているような感覚だった。いや、首に感じるのは確かに指の感触である。しかしセリカには、首に添えられているものが指ではなく刃物という確信が何故か湧き上がっていた。

 もし首に添えられたアタラクシアの指がそっと引かれた時、自分の首が切れる。そんな確信がセリカにはあった。

 殺される。そう思った時には、セリカは先程までの騒ぎようは嘘のように大人しくなっていた。

 静かになったセリカを見て、アタラクシアは満足げに小さく頷いた。




「そう、それで良いのよ。少しは大人しくする気になったかしら?」




 アタラクシアの確認に、セリカがゆっくりと頷く。

 それを見て、アタラクシアはまた小さく頷きながらセリカに向けていた左手を下げていた。

 アタラクシアが左手を下げた瞬間、セリカの動かなかった身体が途端に自由に動かせるようになっていた。

 慌てて自分の身体が動くのかセリカが手足を動かして確かめる。先程までの拘束が錯覚だったと思えるように身体が動かせることを確認して、セリカは小さく胸を撫で下ろした。




「アンタ……私に、一体なにしたんだよ?」




 そしてセリカは安堵しながら、声を荒げたくなる気持ちを押さえながらアタラクシアに思わず訊いていた。

 ようやく自分の要望通りにセリカが大人しくなったのを見て、アタラクシアが満足げに微笑む。

 気分が良くなったのだろう。アタラクシアはセリカの質問に答えていた。




「あなたに使ったのは、簡単な魔法よ。相手を拘束する術式、誰でも使える簡単な魔法だわ」




 あまりにも平然と答えられて、セリカは困惑していた。

 魔法。それが何を示すのかは、セリカにも理解できていた。




「魔法? それならアンタ、魔石使いなのか?」

「私をそんなな陳腐な人間にしてないでもらえるかしら?」

「魔石使いじゃなければ、じゃあアンタはなんなんだよ?」




 魔石使いと言われて失笑するアタラクシアに、セリカは眉を寄せていた。




「本当に知らないのね。良いわ、まだ時間はあるのだから少しは教えてあげましょう」




 アタラクシアがそう言った時、セリカの視界からアタラクシアの姿が消えていた。




「魔法使い――魔女というのは、魔法石に縛られず魔法を使役する者の総称よ。この私のように」




 その声がセリカの後ろから聞こえたことに、セリカが思わず振り返ると、いつの間にかノワールのベッドにアタラクシアが座っていた。




「これも簡単な術式よ。この程度の魔法を使うだけで魔法石の大事な一画を使うなんて、信じられないわ」




 またいつの間にかノワールのベッドに座っていたアタラクシアの姿が消えると、今度は部屋にある椅子に座っていた。




「魔法とは、そんな縛りに囚われて良いものではないの。もっと純粋な、綺麗なモノであることが正しい形だとは思わない?」




 アタラクシアの姿が消える。そして今度はセリカが寝ているベッドで気怠そうにアタラクシアが横たわっていた。




「なに言ってるか、全然わかんねぇよ」

「あら? 子供には難しかったかしら?」

「私が分かったのは、アンタが魔法石無しで魔法を使えるっていう変な人だってことだけだ」

「変……? 私が、変わっていると言ってるの?」




 もう驚かない。また気づけばノワールのベッドに移動していたアタラクシアに、セリカは振り返りながら答えた。




「変わってんだろ? アンタが魔法石無しで魔法使えるなら。それとアンタがその変な魔女だってことはわかったが……ルミナはどこにいんだよ?」

「変な、魔女? ははっ……! もしかしてあなた、魔女を変な人と言ったの?」




 セリカの言葉を聞いて、アタラクシアが楽しそうに笑っていた。




「それで、まだ答えてもらってないぞ? ルミナはどこにいるんだ?」




 一頻り笑い続けるアタラクシアに、セリカがじっと見つめながら問う。

 アタラクシアはくすくすと笑い続けた後、セリカに微笑みながら答えていた。




「気になるの? “あの子”がどこにいるか?」

「これでも世話になったんだ。どこにいるんだ? まさか、本当にアンタがルミナとか言うんじゃないだろうな?」




 セリカの言葉に、アタラクシアが微笑む。

 そしてアタラクシアは自身の胸にそっと手を添えながら、楽しそうにセリカへ答えていた。




「その通りよ。他の誰でもないわ。私は“あの子”、そして“あの子”は私。それ以外の何者でもないわ」




 また意味の分からないことを言い出した。

 アタラクシアの言葉に、セリカはまた眉を顰めていた。

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