第十一話『平然とした顔』

 夕方から夜になると、宿屋には人が多く集まる。

 一時的な仕事で宿屋を拠点する傭兵達、旅で立ち寄った旅人などが夕食を求めて宿屋の一階で各々がテーブルに座り、楽しげに騒いでいた。

 かくいうノワール達も、その一組。宿屋の従業員に頼んでいた食事が運ばれ、目の前に置かれた夕飯に彼等は舌鼓を打っていた。




「そんなに急いで食わなくても飯は逃げねぇぞ!」

「ふるへぇ! ひはひはのまほもなメヒふぁんだ! ほもいひりふわへろ!」

「なに言ってるか少しも分からねぇよ。というか食いながら喋るな」




 ノワールに指摘されて、セリカがもごもごと口を動かす。そして近くに置いていた水の入ったコップを手に取ると、彼女は勢い良く水を喉に流し込んでいた。




「ぷはっ……! まともな飯なんて久々なんだよ!」

「お前がそうしたいならそうすれば良い……まぁ、そこはお前もルミナを見習うべきだろうな」




 ノワールがそう言って、ルミナを一瞥する。それに引かれるようにセリカがルミナの方に顔を向ける。




「はむっ――! うん! おいしい!」




 ルミナがゆっくりと食事を口に運んで、心底美味しそうに笑顔を見せる。

 皿に盛りつけられたパスタをフォークで少量巻き上げて、口へと運ぶ。

 セリカから見て、ルミナのそれは丁寧な食べ方に見えた。そんな育ちの良さが垣間見えるルミナの食べ方に、セリカは不服そうに、自分の夕食である大量のパスタが盛られた皿へ乱暴にフォークを突き刺していた。




「うるせぇ、別に食い方なんて自由だろ? アンタだってテーブルに肘ついて飯食うのは行儀が悪いって言うやつじゃないのか?」




 そう言ってセリカが大雑把にパスタをフォークに大量に絡めて、大きく口を開けながら齧り付く。

 もごもごと口を動かしながら、セリカはノワールの食べ方を見つめていた。

 肘をテーブルに突きながらバスケットに入っているパンを手に取って齧っているノワールの姿は、とても行儀が良いとは思えなかった。

 そしてノワールが齧ったパンを小皿の上に置き、スプーンで牛肉が煮込まれたスープを口にする。




「そりゃそうだな。別にテーブルマナーなんて気にする場でもない。好きに食え」

「……本当に金払ってくれるのかよ?」




 ノワールが何気なく口にした言葉にセリカは目の前にある食事を一瞥して、彼に疑うような目を向けていた。




「なんだ? 払う気あるのか?」

「いや、金なんて持ってないけどさ」

「なら子供がそんなこと気にしてんじゃねぇよ。それに礼を言うなら、お前をここまで連れてきたルミナに言ってやれ」

「ん? なんのお話?」




 二人の話に、自分の名前が出たことに思わずルミナが首を傾げる。

 ノワールが顔を見合わせていたセリカに顎でルミナを指して促す。

 セリカは顔を顰めるが、自分の食事を見ると気恥ずかしそうにルミナに顔を向けていた。




「セリカ? 変なんか顔してどうしたの? もしかしてご飯美味しくなかった?」

「いや……美味いよ」

「それなら良かった! 昨日食べた時からこのお店のご飯は美味しいって思ってたからセリカにも食べてもらいたかったんだ!」




 眩しいくらいの笑顔を見せて、ルミナが喜ぶ。

 本当に清々しいくらいなまでのルミナの純粋さに、セリカが口を尖らせたが――渋々と“その言葉”を口した。




「ルミナ。その……なんだ。飯、誘ってくれて……ありがとう」




 気恥ずかしさ故か、自分の気持ちを紛らわすようにセリカが勢い良くパスタを頬張る。

 なにを言われたかルミナは一瞬理解できなかったが、セリカの言葉を理解すると――満面の笑みを浮かべていた。




「セリカが喜んでくれたなら、私も嬉しい!」




 ルミナの笑みに、セリカはまた誤魔化すようにパスタに頬張る。

 そんなセリカを、ルミナは嬉しそうな表情で見つめていた。




「そう言えばアンタ達……この街に住んでんのか?」

 



 しかしそんなセリカの目に、セリカは堪えられなかった。思わず、無理矢理話を変える為に彼女はノワールにそんなことを訊いていた。

 ノワールがセリカの問いを聞くなり、食事を食べていた手を止める。

 そして少し悩んだ素振りを見せると、ノワールは首を横に振っていた。




「いや、サンガルドには三日前に来た」

「へぇ……? 何しに来たんだよ?」

「仕事で少しな」

「どこから来たんだ?」

「ランドルナからだ」




 ノワールの返答に、セリカが顔を顰めた。そして眉を寄せながら、彼女は言いずらそうに訊いていた。




「……悪い、どこだ。そこ?」 

「なんだ? 知らないのか?」

「知らねぇよ。この街がサンガルドって国のコルニス領ってことしか知らねぇ……この街以外のことなんて孤児の子供が知る機会なんてないからな」




 セリカの言葉に、ノワールは納得した表情を見せていた。

 孤児であるセリカに一般常識というモノが欠落していても何も不思議はなかった。




「まぁ、教えても良いか。お前の住んでるのはお前が今言った通りサンガルドって国だ。他に大きな国が二つある。それがグランバルシェとランドルナって国だ」

「へぇ、国なんて三つしかないのかよ。もっと多いかと思った」

「細かく言えば色々あるが、それも三つの国の領土内にある。だから俺達の生きてる世界は三つの国で分かれてるって覚えてけば良い……覚えていればな」




 ある程度の簡略した説明をノワールがするが、セリカに彼は期待していない目を向けていた。

 その目の意味を察したのだろう。セリカは不服そうに目を鋭くさせていた。




「馬鹿にすんじゃねぇよ。それくらい覚えられる。その三つの国のランドルナってとこから来たんだろ?」

「なんだ、意外に覚えが良いな」

「だから馬鹿にすんな!」




 小馬鹿にするノワールの態度に、セリカが頬を膨らませる。

 しかしノワールはセリカの表情に苦笑しながら、話を続けていた。




「お前が言った通り、俺とルミナはランドルナって国から俺の仕事で来た。そこのルミナは面倒見れそうな奴が今回は職場に居なかったから連れてきただけだ」




 もごもごと食事を進めているルミナを一瞥して、ノワールがそう話す。

 セリカは「ふーん」と興味なさそうに聞いていたが、ふとノワールの話を思い返すと気になることがあった。




「職場……? 職場って仕事する場所だよな?」




 突然のセリカの質問に、ノワールが眉を寄せる。しかし怪訝な顔を見せながらも、彼はセリカの質問に答えていた。




「それで合ってるぞ? なんか問題あったか?」

「なんで職場で面倒見てもらわないといけなんだよ? 親に任せればいいだろ? ルミナにもいるだろ?」




 セリカの疑問は、至極当然だった。

 ノワールはルミナの親ではない。それは彼自身が公言している。そして職場の人間に面倒を見てもらえないという理由でルミナを一緒に連れてきたとノワールが話していたが、そもそもおかしかった。

 ルミナの親がいるはずだろうと、ならその両親が彼女と一緒にいるのが自然である。それなのに何故わざわざ親でもないノワールが保護者の代わりをしているのか。




「あぁ、それな。まぁ、そう思うだろうな」




 セリカの言葉に、ノワールが痛いことを言われたと言いたげに苦笑いする。

 返答になっていないノワールの答えに、セリカが僅かに首を傾げる。

 そこでセリカはふと思いついていた。ノワールが答えないのであれば、本人に訊けばいいと。




「なぁ、ルミナ?」

「ん? なぁに?」




 食事をしていたルミナが声を掛けられて、手を止める。そしてフォークをテーブルに置いて、彼女はセリカに顔を向けていた。

 いちいち行儀が良い奴だなとセリカは内心で思うが、彼女はそう思いながらも率直にルミナへ自分の疑問をぶつけていた。




「お前、親はどうしたんだよ?」

「ん? 親?」

「母親と父親だよ。家にいるんじゃないのか?」

「――私に母親と父親なんていないよ?」




 当然のように平然と答えたルミナのその言葉は、セリカには飲み込めなかった。




「…………はっ?」




 そして少しの間を開けて、セリカは目を大きくしてルミナを見つめていた。




「いないってなんだ? 事故か病気で死んだのか?」

「ううん。そういうのじゃなくて、私にはその親って人はいないだけだよ?」

「はっ……? なに言ってんだ?」




 そこでセリカは、ハッと理解した。

 まるで信じられないと目を大きくして、セリカがルミナを見つめる。




「ん? 私、何か変なこと言った?」




 しかし驚くセリカと違い、何事もない平然な表情で無垢な瞳をルミナは彼女へ向けていた。

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