第十二話『歪な純粋さ』
「お前……」
あまりにも自然なルミナのその表情に、セリカは戦慄していた。まるで何も変哲もないことに答えている、そんな反応だった。
「どうしたの? そんなに驚いた顔して?」
「いや、だって……」
小首を傾げるルミナに、セリカが言い淀む。
ルミナはセリカと同じ十二歳の子供である。親がいないということは、少なからずその人に悲しいという気持ちがあるはずだった。
セリカもその一人である。街で親と歩いている同年代の子供を見れば、多少なりとも心は揺れる。しかしルミナには、全くそんな反応がなかった。
親という言葉を聞いた時、答えたルミナは知識で知っているとでも言いたげな声色で話していたことにセリカは内心で震えていた。
「そんなに変なこと言ったかなぁ?」
それは悲しいことのはずなのに、無垢な顔でそれを平然と話すルミナを見て、セリカは酷く気味が悪いと思ってしまった。
どうして親がいないのに、そんな風に生きられるのか。歪むことなくまっすぐに生きていられるのか。無垢な表情をして、自分の感情をはっきりと吐き出せるのか。
「なんでお前……親いないんだよ?」
無意識に、そんな言葉がセリカの口から出ていた。
セリカも、自分に親がいない理由など分からない。物心付いた時から、一人で生きていた。自分と同じ孤児が集まり、今日まで生き延びてきた。
その問いは、自分に向けて訊いているような気さえした。自分と似たような境遇のルミナに訊けば、どんな言葉が返ってくるのかと。
「あ、そっか……会ったばかりのセリカには言ってなかったね。私、半年前から前の記憶が全部ないの」
しかし思い出したようにルミナが口にした言葉が、セリカは反応できなかった。
そしてまた少しの間を開けて、セリカは顔を顰めていた。
「は……? 記憶がない?」
「うん。何も覚えてないの。ただ自分の名前だけは憶えてたけどね」
あどけない表情でルミナが話す。
唐突に奇妙な話をルミナからされたことに、セリカが困惑してノワールに視線を向ける。
冗談と思いたかったが、セリカが見つめるノワールは静かに頷いていた。
「ルミナの言ってる話は本当だ。この子は半年前からの記憶が全くない」
「確か、あの時のことはあんまり思い出せないけど……何も覚えてなかった私をノワールが拾ってくれて。それで色々あって、セシアとかダリアお姉さんにマルクおじさん達と一緒にいることになったの」
ノワールの言葉に続いて、ルミナが話す。
「私は別に気にしてないんだけど、ノワール達が自分のことを知った方が良いって言うから自分のことを知るために色んなところに行ってるんだ。ノワール達はお仕事でたくさん色んな場所に行くから、私も自分のことを知ってる人がいるかもしれないから、それでよく一緒に連れてってもらってるんだよ」
そう言って、ルミナが自身のことを簡単に説明していた。
あまりにも奇妙な話に、セリカの理解が追いつかない。
だが、どうにか頭の中でルミナの話を整理すると、セリカは怪訝な表情を彼女に見せていた。
「自分のこと何も知らなくて、お前は怖くないのかよ?」
そして考えて、セリカはそう訊いていた。
言ってしまえば、ルミナはセリカと同じだった。
自分がどこの誰かも変わらず、親もいない。そんな自分の現状に恐怖心がない訳がない。
セリカ自身ですら、怖いと思ったこともある。どうして自分が生きているのか、そんなことも分からないで今を生きているのだから。
「全然、だってノワールもいるし。セシア達もいるから怖いとか思ったことないな……嫌いな食べ物残すとみんな怒るから怖いけど」
しかしそれをルミナは一蹴していた。
そこでセリカは察した。彼女と自分の違いを。
ルミナには、家族の代わりがいるのだと。しかしそれでも自分のことが分からず、親も知らないということは変わらない。
セリカには持つことのない家族のようなモノがルミナにはある。しかし自分にそれが仮にあったとしても、彼女のように平然としていられるだろうか。
多分、自分にはできない。そう、セリカは思った。例え家族のような人がいても、自分のことが分からないまま生きていくことが怖いと思ってしまう。
「強いんだな、お前……」
そう思うと、セリカはルミナにそう告げていた。
「私は強くないよ? だって魔法とか使えないし、ノワールみたいに戦うこととかできないもん」
「そういうことじゃねぇよ……」
見当違いなルミナの答えに、セリカが苦笑する。
そこでセリカは、ようやく先程ノワールが話していたことの意味を理解した。
ルミナが人一倍無垢だと、その言葉の意味がようやく理解できた。
純粋過ぎる故に、心が綺麗過ぎる故に、ルミナにはないのだろう。自分の中に誰もがあるはずの暗い感情が、彼女にはひとつもない。
それが逆に酷く歪だと思える。あまりにも純粋過ぎて、気味が悪い。
しかしセリカはルミナを嫌いにはなれなった。暗い感情しか持ち合わせていなかった自分と正反対のルミナに、どこか羨ましいとさえ思っていた。
「なんかお前と話してると、自分のことが馬鹿馬鹿しく思えてきたわ」
そしてルミナの心に当てられたのか、セリカは引き攣った笑みを受けていた。
悲しいことがあっても、ルミナのように受け入れられる生き方ができれば、どれだけ幸せなのだろうか。
そんな風に生きているルミナに、セリカはどこか憧れてしまうものがあった。
「なんかよく分からないけど、セリカが納得したなら良かった!」
セリカの反応に首を傾げながらも、ルミナは満足そうに笑顔を作っていた。
「あっ! そうだ! ねぇ、セリカは今日はこれからどうするつもりだったの?」
ふと、ルミナがそんなことをセリカに訊く。
その問いに、セリカは考えるまでもなかった。
「今日? そんなの適当に寝床探して寝るだけに決まってるだろ?」
窓から見える景色は、気がつけば夜になっていた。
満腹になった後など特にすることもなかったセリカには、残されたことは寝ることしかなかった。
ノワール達と分かれても、自宅もないセリカには寝る場所がない。その為、人気のないところで適当に寝ようとセリカは思っていた。
しかしセリカの返答を聞くなり、ルミナは目を輝かせていた。
「じゃあ、今日は私と一緒にお泊まりしよ! 私、セリカと色んなお話たくさんしてみたかったし!」
ルミナの提案に、セリカが眉を顰めた。
宿屋に泊まるには金が掛かることはセリカも一応知っていた。つまりルミナの提案を実行するには、セリカは宿屋にお金を払わないといけない。
「はぁ? 宿に泊まるの金掛かるだろ? 何度も言ってるだろ、そんな金持ってねぇぞ?」
しかし、セリカにはそんな代金を払える金銭など持ち合わせていなかった。
セリカが金銭を持っていないことをルミナは忘れていたのだろう。彼女の話を聞いてそのことを思い出すと、ルミナは勢いよくノワールに顔を向けていた。
「ねぇ! ノワール! 今日はセリカも一緒に泊まったらダメ?」
ルミナがノワールに懇願する。
いつの間にか夕食を食べ終えていたノワールが珈琲を飲んでいたが、ルミナがそう訊くと彼は少し考える素振りを見せてから答えていた。
「別に良いんじゃないか?」
「ほんとっ! やった!」
「本当に雑だな……アンタ、少しは私のことを疑えよ」
本当に考えたのか疑問に思うセリカだった。
孤児で盗みをしたことが分かっているセリカを簡単に一緒に泊めようとしていることが疑問でしかない。普通ならば、疑って泊めることなどしないに決まっていた。
「なんだ? お前が俺の金でも盗むってのか? できないから安心していいぞ?」
しかしそんなセリカの疑問を、ノワールは小さく笑いながら一蹴していた。
流石のセリカも不用心なノワールに、思わずムッと口を尖らせていた。
「もし本当に盗もうとしたらどうするつもりだよ?」
「その手首切り落としてやるよ」
「冗談に聞こえないのが怖いからやめてくれ」
即答されて、セリカが反射的に手首を隠す。
自分を襲った傭兵達をノワールが返り討ちにした時のことを思い出すと、簡単に実行できてしまうと思えるのが笑えない。
ノワールはセリカの反応を見て、けらけらと笑っていた。
「子供一人の宿代なんて大した額じゃねぇよ。それにルミナがそうしたいって言うならそれで良い」
そしてノワールが楽しげに喜ぶルミナを見て、小さく微笑む。
「アンタ……私が言うのもアレだけど、ルミナを甘やかし過ぎるのもどうかと思うぞ?」
そんなノワールの笑みを見て、セリカは小さな溜息を吐いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます