第十話『十二歳の子供』

 傭兵達とのいざこざが終わり、ノワールがセリカの治療を行った後――三人は人気のない路地から場所を変えて、街にある宿屋へと移動していた。

 そこはノワールが傭兵達と争った場所から正反対の地区になる住居街に設営された木造の宿屋だった。

 三人はその宿屋の受付と食堂を兼ねた一階にて、テーブルを挟んで向かい合うように座っていた。




「……それで? なんで私はこんな場所に連れて来られたんだ?」




 テーブルに頬杖を突いて、セリカが心底面倒そうにノワールを見つめる。

 先程まで傭兵達によって全身に受けた打撲や切り傷、そしてノワールの魔法によって受けた目と耳の一時的な障害を、ノワールは魔法で全て治していた。

 傷だらけだった身体は綺麗に戻り、セリカは傷を治してもらったことに感謝して立ち去るつもりだったが――何故か、ノワール達と共に宿屋まで連れられていた。。




「……俺が聞きたい。文句があるなら、隣に座ってるルミナにでも聞け」




 そんな顔をしていたセリカにノワールも頬杖を突きながら、彼女と同じような表情を作っていた。

 ノワールにそう言われて、セリカが表情を引き攣らせながら顔をゆっくりと横に向ける。




「ねぇねぇ! セリカは何か食べたい物ある? 私、お腹空いてきたから折角だから一緒に食べよ?」




 セリカの隣に座っていたルミナが、テーブルに置かれている献立表を楽しそうに見ていた。

 憂鬱な自分と正反対の態度に、セリカは呆れた表情でルミナを見つめていた。




「お前……あんな目に合って、よくそんな顔してられるな」




 先程のことを思い出すだけで、散々だった目に遭ったとセリカは思った。

 目の前に座る青年――ノワールが来なければ、間違いなく自分はあの傭兵達に殺されていただろう。セリカはそう思いながら、ノワールを一瞥した。

 あの場にノワールが来たのは、ルミナがセリカに声を掛けたからでしかない。ルミナが自分に声を掛けたから、ノワールが来て助けられた。それについては、セリカも感謝はしている。

 しかし一度は死ぬと思って運良く助かった後は、生きてる心地がしなくて気分が憂鬱になる。とても元気に振舞える気分になど、セリカはなれなかった。

 だがそんな自分とは違い、何事もなかったように振舞っているルミナに、セリカは呆れるしかなかった。

 

 


「えっ……? セリカ、お腹空いてないの?」

「減ってるに決まってるだろ。むしろ生きてて満腹なんてなったことねぇよ」

「じゃあ食べようよ! なに食べるか一緒に決めよ?」




 ルミナから献立表を無理矢理見せつけられて、セリカが思わず顔を顰める。

 全く話が通じない。まるで自分より子供と話をしているような気分だった。

 確か、セリカが初めてルミナと会った時、彼女は自分の年齢を十二歳と言っていたはずだった。




「そう言えばお前、さっき十二歳って言ってたよな?」

「そうだよ! 今年で私は十二歳! そう言えばセリカは何歳なの?」

「私も……十二歳だよ」

「ほんと!? わぁ……! 私、同じ歳の子に会うことあんまりないからすっごく嬉しい!」




 セリカが自分と同い歳と知ると、ルミナは目を輝かせていた。

 セリカも、今年で十二歳になる。自分の年齢が本来の年齢と合っているかは不明だが、とりあえず十二歳ということにしている。孤児として生きてきた故に、自然とそういう風に決めていた。

 本体の十二歳はこんなものなのか、ならば自分の本当の歳はもっと上なのではないかとセリカは思ってしまう。




「ルミナは同じ年の子と比べてもかなり変わってるからお前は気にするな。そういう奴とでも思っておけば良い」




 セリカの考えを見透かしたように、唐突にノワールがそんなことを口にしていた。

 目の前で楽しそうに献立表を見ているルミナを横目に、セリカがノワールの言葉を聞いて僅かに眉を寄せた。




「やっぱりコイツ、変わってるのか?」

「俺が行くまでお前がルミナの何を見たか知らないが……少し見ただけで分かっただろ? こいつは普通ってのとズレた感覚で生きてるんだよ。だからお前が変じゃない。ルミナが人一倍、無垢なだけだ」

「……無垢?」

「気にするな。まぁ短い付き合いだと思うが、それまで仲良くしてやってくれ」




 そう言って、ノワールは口を閉じていた。セリカが何か訊こうと思うが、彼の表情が言っている気がした。

 これ以上、そのことを話すつもりはない。そんな言葉がノワールから聞こえた気がした。




「もう! 二人ともなに話してるの? それとノワールもご飯、食べないの?」

「そう言えば、もう夕飯の時間か。確かに言われたら腹減ってきたな」




 ノワールが窓の外に視線を向けると、窓から夕暮れの景色が見えていた。

 いつの間にか、昼時から夕暮れになっていた。昼間の傭兵達の騒動から、宿屋に着くまでにかなりの時間を使っていたのだろう。

 時間の進みを察すると、ノワールは疲れたと言いたげに溜息を吐いていた。




「……俺もなんか食うか。ルミナ、俺にもそれ見せてくれ」

「やっぱりノワールもお腹空いてたんだ! 良いよ! ノワールが先に決めて!」




 ルミナから献立表を受け取ってノワールがそれを流し読みすると、すぐにそれを彼女に返していた。




「……ノワール? もう決めたの?」

「決めた」

「決めるの早えな。お前」




 ノワールが悩みもせずに即決したことに、セリカが思わず指摘する。

 しかしノワールはそのことを特に気にも留めず、頬杖を突きながら二人に向けて顎で献立表を差すと「良いから早く決めろ」と促していた。




「というか私も食う流れになってんじゃねぇよ。私、金なんて持ってねぇぞ?」

「知ってるよ? だから連れてきたんだもん!」

「お前? なに言ってんだ?」




 金も持たない人間を宿屋に無理矢理連れてきて、飯を食わせる。それは文字通りの無銭飲食である。

 そのことをセリカが目でルミナに訴えたが、ルミナは察することなく彼女に献立表を渡していた。




「折角、セリカと会えたんだもん。すぐにお別れは寂しいと思うんだ。それにセリカがすっごくお腹空いているなら、一緒にご飯食べたいなって私が思ったから、セリカに一緒に来てもらっただけだもん」

「いや、だから私は金持ってねぇって分かってるのか? 飯代、払えないんだけど?」

「そこはノワールがちゃんと払ってくれるから大丈夫!」




 誇らしげに、ルミナが胸を張っていた。十二歳と公言しているだけあって、セリカがよく見れば平らな胸を彼女は張っていた。

 そこは自分が払うとはセリカが言わない辺り、随分と肝が据わっているとセリカは思っていた。しかし納得している自分もいた。自分よりも何倍も体格の大きい大人達に怯えることもなく対峙できること思えば、ルミナのその言動もセリカは不思議と納得できた。




「こいつ、こんなこと言ってるぞ? 良いのかよ、保護者?」

「別に好きにしろ。子供に金を出させるほど落ちぶれてねぇよ、大人を舐めんな。それに一度言い出したら聞かないんだ、こいつは」

「こいつのこういう性格は、アンタが甘やかしてるだけじゃないのか……?」




 無垢というよりも、我儘が過ぎる子の間違いなのではないだろうか?

 セリカは誇らしげに微笑むルミナを一瞥して、呆れた目をノワールに向けていた。




「アンタ、こいつの親なのか?」

「俺の歳は二十二歳だ。十二歳の子供持つような奴に見えるってのか?」

「人間、なにするか分からない。そんなの孤児で生きてりゃ私だって色々見てんだよ」

「そうかい、随分と言うがその大層な人生送ってるのが自分だけとは思うなよ」

「どういう意味だよ?」

「案外、大変な人生送ってる奴も多いって話だ」




 そう言って、ノワールが鼻で笑う。

 その時、ノワールが一瞬だけルミナに視線を向けていたのをセリカは気づけなかった。

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