第九話『爆発と爆音』





 ノワールの右掌に灯った赤い光を見た瞬間、大柄の傭兵はその表情を引き攣らせていた。




「てめぇ……その光はっ……!?」




 赤い光に怯えた大柄の傭兵が、声を震わせる。

 その光を、大柄の傭兵が見間違えるわけがなかった。ノワールの右掌に灯る光を、彼は何度も見ていたのだから。


 その光は、紛れもない魔法石の輝き――魔法を使用する際に起こる“魔力の灯”だった。


 ノワールの手に赤い光が灯る光景に、大柄の傭兵の表情は恐怖によってその表情を酷く歪めていた。




「なんだ? これに何か文句あるのか?」




 自身の右掌に灯る赤い光に驚いている大柄の傭兵に、ノワールが戯けるように肩を竦める。

 そんな相手を小馬鹿にしたようなノワールの態度に、大柄の傭兵は怯えながらも、表情を怒りに染めていた。




「ふざけやがって! ふざけやがってっ! ふざけやがってッ! 魔法が使えないとか抜かしてんじゃねぇぞ……この“石持ち”がッ!」




 大柄の傭兵が叫び、ノワールにその怒りを露わにする。

 しかしノワールは、怯える大柄の傭兵の態度を気にも留めていなかった。

 大柄の傭兵に向けていたノワールの右掌に灯る光が、次第に強くなっていく。




「さぁな? 別に俺が魔法を使えるか使えないかなんて、今はどうでも良いだろ? それにお前に俺のことを知られたとしても、お前がそれを“誰かに話す機会なんてない”から安心して良いぞ?」




 何気なく口にしたノワールの言葉に、大柄の傭兵が表情を凍り付かせた。

 ノワールの言葉の意味を理解して、大柄の傭兵が後ずさろうとする。しかし自分の逃げ道が背後の壁に阻まれることを理解して、彼は酷く動揺していた。

 左右に視線を動かして、大柄の傭兵が逃げ道を探す。だがそれもノワールが向けている右掌を僅かに動かすと、彼はすぐに身体を震え上がらせていた。

 その瞬間、大柄の傭兵は理解してしまった。自分が逃げようとすれば、間違いなく目の前の男は魔法を使うと。

 赤い光――それは火の魔法を使う時に発せられる光。つまり今、ノワールは火の魔法を使おうとしている。

 今まで自分が使っていた火の魔法を、大柄の傭兵は思い出していた。対人には使ったことのなかった魔法だったが、その威力はよく知っている。木を一瞬で炎に包みこみ、消し炭にするほどの威力を持った魔法が、ノワールから自分に向けられている。

 それ程の威力を持った魔法が当たれば――間違いなく、自分は死ぬ。




「わ、悪かった……俺が悪かった……! そこのガキも許す……金も返すっ……だから許してくれっ……!」




 炎を包まれ、想像を絶するほどの痛みを感じながら死んでいく姿を想像した大柄の傭兵には、身体を震わせながらノワールに懇願するしか思いつかなかった。




「許す? なんでお前が上から目線で言ってんだ?」




 しかし大柄の傭兵の懇願を、ノワールは平然とした顔で拒絶していた。




「お前がそれを最初から言ってれば、話は違っただろう。だが、お前は超えた。お前はルミナに剣を振った。それだけでお前は許す側ではなく、許される側になってんだよ」

「あっ……!」




 その時――大柄の傭兵は、理解してしまった。

 この男は、間違いなく自分を殺そうとしていると。




『火よ――』

「や、やめろ……!」




 ノワールの口から、言葉が紡がれる。

 魔法石を用いて、魔法を使用する際に必要とする始まりの言葉を。

 そしてそこから続くのは、世界の事象を書き換える言葉だった。




『――火の灯よ』

「やめてくれ……し、死にたくない……ッ!」




 一節。ノワールの右手に、炎の小さな球体が現れる。手で掴める程度の大きさしかない炎の球体。赤く燃えるその炎の輝きが、赤く煌めく。

 大柄の傭兵が眼前に向けられた炎の球体を見ながら、身体を震わせる。カチカチと歯を鳴らしながら、彼が怯え切った目でそれを凝視する。

 しかしノワールは怯える大柄の傭兵を見下ろしながら、冷たい声色で告げていた。




『――爆ぜろ』

「やめろぉぉぉぉっ‼」




 二節。彼が魔法を行使する最後の言葉だった。

 そう告げてノワールは、右手に現れた炎の球体を思い切り、握り潰した。

 瞬間――激しい爆音と、炎の煌めきがノワールの右手から発せられる。




「あぁぁ――――!」




 目を覆うような赤い光と爆音に、大柄の傭兵は死を感じていた。そして身体に襲い掛かる死の恐怖が極限まで心を埋め尽くした時――彼は意識を手放していた。

 力なく大柄の傭兵がどさりと地面に倒れ込む。そして彼の下腹部に、いつの間にか小さな水溜りができていた。

 倒れて気絶する大柄の傭兵を見下ろしながら、ノワールは小さく肩を落としていた。




「これくらいやっておけば懲りるだろ。全く……回数を無駄に使わせやがって……」




 そして倒れている大柄の傭兵から視線を外すと、ノワールは離れていたルミナの元へと歩いて向かっていた。




「おい、ルミナ。帰るぞ」




 ノワールがそうルミナに声を掛けるが、彼の声に対してルミナは目を痛そうに押さえながらしゃがみ込んでいた。




「ん? お前、どうしたんだ?」




 そんなルミナに、ノワールが首を傾げた。




「ノワール……なんか目がくらくらする……耳もきーんってしてて聞こえにくい」

「あっ、すまん。忘れてた」




 ルミナの答えを聞いた途端、ノワールは失念していたと言わんばかりに表情を硬くしていた。それと同時に、彼は自分が使用した魔法の効果を思い出していた。

 身体を左右にふらつかせながらルミナが目を擦るのを、ノワールがそっと彼女の手を掴んで止めさせる。

 そしてノワールはルミナの頭に手を添えると、すぐに“その言葉”を口していた。




『水よ――癒せ』




 ノワールがそう唱えると、彼の手に青い光が灯る。

 ルミナの頭に、ノワールの手から発せられた青い光が当てられる。そして少しの間、ルミナがノワールの青い光を浴びると、彼女はゆっくりと目を開いていた。




「もう大丈夫か?」

「うん! もう目もくらくらしないし、耳も治ったよ!」

「それなら良かった」




 ルミナの体調が無事治ったことに、ノワールが胸を撫で下ろす。




「悪かったな。ルミナが見てる時にあんな魔法使って」




 そう言ってノワールはルミナの頭を撫でながら、申し訳なさそうに頭を下げていた。




「大丈夫! もう治ったし!」




 しかしルミナは、そんなことを気にしてないような笑顔でノワールに答えていた。

 コロコロと表情を変えるルミナに、ノワールが苦笑する。

 ノワールから見ても、ルミナの体調に問題ないことを察すると、彼は彼女の頭をぽんと叩いてから手を離していた。




「なら、今日はもう宿に帰るぞ」

「あそこにいるおじさん達はいいの?」

「放っとけ、適当に起きたら帰るだろ」




 ルミナの疑問に答えながら、ノワールが彼女に背を向けて歩き出す。

 そこでふと、ノワールの目に倒れているセリカの姿が目に入っていた。




「あっ、ノワール。セリカのことも治してあげられる?」




 ノワールが倒れているセリカを見たと同時に、ルミナがそんなことを彼に訊いていた。




「目が……! 耳が……!」




 ノワールの視線の先には、目を押さえて倒れているセリカがいた。必死に目の痛みに悶え苦しみながら、身体を動かそうとして今度は身体の痛みに悶えていた。




「ノワール、できるなら早く治してあげて」




 ルミナに催促されて、ノワールは面倒そうな顔をしながら頷いていた。




「頼むから、今日は何も起きないでくれよ……」




 懐にある石の感触を確かめながら、ノワールは小さな溜息を吐いていた。

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