第七話『逆鱗に触れる』



 ほぼ同時に振られる三本の剣を、ノワールが認識する。

 前方から大柄の傭兵がノワールの脳天に向け、剣を振り振り下ろそうとしている。更に彼の左右の斜め後ろから、二人の細身の傭兵が横一線に短剣を薙ぎ払おうとしていた。

 ノワールが傭兵達の剣が振られる最中、自身の腰に携えていた細身の剣にそっと両手を添える。右手は剣の柄を逆手に握り、左手は鞘を握る。そして彼が即座に剣と鞘を抜き上げると、背後から薙ぎ払われていた二本の短剣は彼の持っていた鞘と剣に防がれていた。



「「なっ――!?」」



 細身の傭兵達が驚くのもつかの間、目の前から振り下ろされる大柄の傭兵の剣に対し、ノワールはその場で右膝を勢い良く蹴り上げた。

 その振り上げられたノワールの右膝が、振り下ろそうとしていた大柄の傭兵の剣を握る手に勢いよく当たる。それにより振り下ろされるはずだっは大柄の傭兵の剣は、その途中で彼の右膝によってその勢いを止められていた。




「危ねぇな……頭に当たったらどうするつもりだよ?」




 しかし大柄の傭兵の手から伸びる剣の剣先は防ぎようがなかったのだろう。そう言ったノワールは頭を右に逸らしながら、顔の横にある剣先を横目に一瞥して平然とした表情を見せていた。

 だがノワールの蹴り上げた右膝が大柄の傭兵の剣を握っていた手に当てられたことで、その顔を痛みで歪めながら反射的に大柄の傭兵はノワールから数歩後ろへ後ずさった。痛みにより咄嗟に剣を離さなかったのは、彼なりの意地だった。

 続けて、ノワールが防いでいた二本の短剣を弾くように剣と鞘を押し出すと、細身の傭兵達は驚きながら後ろに跳び、彼から距離を取った。

 まるで曲芸のようなノワールの対応に、傭兵達が目を鋭くさせる。そしてその光景を見ていたセリカが、目を大きくして驚いていた。




「ねっ? ノワールなら大丈夫だったでしょ?」




 驚くセリカに、ルミナが誇らしげに胸を張る。

 確かにノワールという男は、今の一瞬で只者ではないということがセリカには理解できた。だが、なぜそれをルミナが誇らしげにしているのかがセリカには全くもって疑問でしかなかった。




「ただのまぐれだっ⁉︎ 行くぞテメェら!」




 驚いていたのも一瞬、大柄の傭兵が叫ぶと細身の傭兵達が揃ってノワールに駆け出した。

 乱雑にノワールの前後左右から絶え間なく二本の短剣と一本の剣が三人の傭兵達によって振るわれる。

 だが、その絶え間なく斬りかかってくる三本の剣をノワールは冷静に対処していた。

 躱せる剣は身体を逸らして回避し、それができない剣があれば両手に持った剣と鞘で受け流して、ノワールは傭兵達の剣に対応していた。

 ノワールが自身の立っている場所を軸に動き、傭兵達が何度も斬りかかる。だが、それでも彼等の剣は一度もノワールに当たることはなかった。

 そして十数回ほど傭兵達がノワールに何度も剣を振るうと、彼らは額に汗を滲ませて息を荒げていた。




「どういうことだ……! なんで一度も当たらねぇんだよッ……!」




 細身の傭兵が息を荒げて、ノワールを凝視する。彼と同じように他の二人も、ノワールの動きを見て“あり得ない”と言いたげな表情を見せていた。




「それだけ乱暴に振ってれば、身体のどこを斬りたいかなんて分かりやすい。少し見てて気になったが、アンタ達は本当に傭兵なのか? 剣筋が乱雑過ぎる。今までちゃんと鍛錬してきたのか俺でも気になったくらいだったぞ?」




 そんな傭兵達に、ノワールも怪訝な表情を作っていた。

 傭兵とは、金で雇われる兵士である。主に戦うことで生計を立てている以上、街に住んでいる人間よりも戦うことに長けているはずだった。

 しかし目の前にいる傭兵達の力量は、ノワールの想像以上に高いとは言えないものだった。




「なんだとッ⁉」

「俺達が傭兵やって何年経ってると思ってんだッ⁉ 馬鹿にすんじゃねぇぞッ⁉」




 ノワールの言葉を聞いて、二人の細身の傭兵が怒りの感情をぶつけるように彼に斬りかかる。だが何度攻撃しても、細身の傭兵達は彼に傷一つ付けられなかった。




「もう満足しただろ? 多分、アンタ達じゃ俺には勝てない。頼むから今回はお互い様ということで諦めて帰ってくれると俺は助かるんだが?」




 そしてノワールは小さな溜息交じりに、傭兵達に話しかけた。このまま傭兵達が倒れるまで付き合っても時間の無駄だという考えがノワールの脳裏を過ぎり、彼は傭兵達に率直に諦めるように伝える。

 しかし傭兵達は、ノワールの言葉で素直に話を聞く人間ではなかった。彼等は勝てないと分かりながらも、傭兵としてのプライドがそれを許さなかった。それ故に彼等は湧き上がる怒りという感情のまま、ノワールの話に頷く気など一切全くなかった。




「このッ……若造がッ……‼」




 加えて、大柄の傭兵はそれ以上にノワールによって自尊心を傷付けられていた。

 魔法石という絶対的な力と確信していたモノを否定され、そして剣でも勝てないと思わされたことに、大柄の傭兵は血管が破裂しそうなほど――怒り狂っていた。

 だからこそ、大柄の傭兵は考えた。今この状況でノワールのあの飄々とした余裕をを見せる顔を歪める方法がないかを。




「ノワールー! 頑張ってー!」




 その時――ふと、大柄の傭兵が睨みつけていたノワールの後方に、ルミナと倒れているセリカが彼の視界に入った

 そしてルミナ達二人を見た途端、大柄の傭兵は笑みを浮かべた。歪な笑みを浮かべて、自身の思いついた考えに彼は心の底から震えていた。

 間違いなくノワールの飄々としたあの憎たらしい表情を変えることができ、更に自分の欲望を叶えることができる。思いついた自分を褒め称えたくなるよな考えに、大柄の傭兵は失いかけた自尊心を取り戻していた。

 大柄の傭兵が手に持った剣を突き刺すように構える。そしてすぐに、彼はノワールに向かって走り出していた。




「死ねぇぇぇぇぇッ‼」




 今まで突きを一切しなかった大柄の傭兵の行動に、ノワールが眉を僅かに上げる。ほんの僅かに意表を突かれたが、ノワールは彼の腕を弾きながら勢いを左へと流す。

 それによりノワールから左へ身体を流された大柄の傭兵が、彼の横を駆け抜けていった。




「――どこ見てんだ?」




 しかしそこで大柄の傭兵の表情を見た瞬間、ノワールは怪訝な表情を作っていた。

 戦いの中で、戦う相手から目を離すことはあり得ない。それは戦いを知るものなら、誰でも無意識に行うことだった。

 そのはずが、大柄の傭兵が全く自分を見ていないことに、ノワールは一瞬判断が遅れる。

 だが、ノワールは即座に気付いた。大柄の傭兵が見つめている先に、ルミナとセリカがいることに。




「――コイツッ⁉」




 ノワールは大柄の傭兵の意図を理解すると――先程までの気怠そうな態度とは一変して、その目を鋭くしていた。

 背後から襲い掛かってきた細身の傭兵達の攻撃を躱し、持っていた鞘と剣の柄で今まで反撃していなかったノワールが彼等の頭を殴り、昏倒させる。

 そして昏倒させた二人が倒れていくなか――大柄の傭兵がルミナ達に駆け出している姿を見て、ノワールは静かに激昂した。

 まだ傭兵達が自分を攻撃しているだけなら、面倒だが相手はしていた。しかし標的を自分からルミナに変えた行動は――ノワールの逆鱗に触れていた。

 ルミナに迫る大柄の傭兵を見据えながら――ノワールは小さく“その言葉”を唱えた。




『風よ――我に与えよ、疾風の力を』




 ノワールがそう唱えるのと同時に、彼の懐で僅かに緑の光が微かに灯る。

 そしてその瞬間――ノワールの身体は、その場から消えていた。

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