第六話『大人の所業』

 ノワールのその問いは、傭兵達を困惑させていた。

 大柄の傭兵がノワールを睨みつけると、いつの間にか彼は腰に携えていた剣を鞘から引き抜いていた。




「抜かしてんじゃねぇぞ、若造がっ! 魔法石なんて貴重なもんてめぇなんかが持ってるわけなぇだろうが!」




 そう言って、大柄の傭兵が抜いた剣をノワールに向ける。しかしノワールは剣を向けられても、平然とした顔をしていた。




「まぁ、普通そう思うだろうな。魔石なんて貴重な物がそこら辺にいる人間が持ってる訳がない」

「ふざけやがって……! 何をどうやって俺の魔法を防いだか知らねぇが、俺の邪魔をしたこと絶対に後悔させてやる……! てめぇをぶち殺して、その後でそこのガキ二人を嬲り殺してやる……!」




 ノワールに怒りをぶつけながら、大柄の傭兵が叫ぶ。

 そして自分がノワールを殺した後、ルミナとセリカを嬲り殺すことを想像したのだろう。大柄の傭兵は楽しそうに悦の入った笑みを浮かべていた。




「なんでそこまでアンタは俺の後ろにいる子供達に固執してんだ? 別にアンタ達の盗まれた物の代金はルミナに払ってもらったならもう良いだろ?」




 大柄の傭兵の笑みを見て、ノワールが眉を寄せる。

 しかし大柄の傭兵はノワールの言葉を聞くと、彼を小馬鹿にしたように答えていた。




「そこのガキから渡されたのは金じゃねぇんだよ! 俺の仲間が盗まれた飯の金は払ってねぇ! なら俺達がそこのガキをどうするかは俺達の自由にだろうがッ!」




 大柄の傭兵の話を聞いて、ノワールは僅かに首を傾げていた。自分の聞いている話と違うことに、彼は後ろにいたルミナに思わず振り向いていた。




「おい、ルミナ。お前、コイツ等に金渡したんじゃないのかよ?」

「ちゃんと渡したよ! ノワールに貰った金貨二枚! でもおじさん達、私の渡した金貨をお金じゃないって言って、それで私達を殺すって言ってたよ!」

「なるほど……そういうことか」




 ルミナの返事を聞いて、ノワールが納得する。思い出せば、最初に彼女がそんなことを話していたのを思い出した。

 そしてノワールが傭兵達に振り返ると、彼は傭兵達に向けて目を細めていた。




「あんな子供から金貨二枚も渡されておいて、そんなこと言えるなんて感心するな。金貨二枚もあれば飯の代金払ってもかなりのお釣りがくる大金だぞ? とても大人のやることとは思えない……アンタ達、傭兵じゃなくて盗賊でもやったらどうだ? きっと天職だと思うぞ?」




 傭兵達の所業に、ノワールは心底呆れた表情を作る。

 ノワールには傭兵達が盗まれた飯の金額など知らないが、おおよその金額は予想できた。その額に対して、ルミナが支払った金貨二枚はあまりにも高額だった。金貨一枚でも十分過ぎるくらいである。

 まさかそんな高額な金額を渡されて、金じゃないと言ってせしめようとしている傭兵達の行いは、まさしく盗賊とでも言えるような所業だった。




「うるせぇ! 俺はガキが泣き叫んでるのを見るのが堪らなく好きなんだよっ! 折角の俺の楽しいはずだった時間を邪魔しやがって……!」

「あぁ……アンタ、そういう人間か。その気持ちは少しも理解はできないが、なんでアンタがそこまでルミナ達に固執してるのか分かった」




 ノワールが、大柄の傭兵の言葉を鼻で笑う。

 まるで馬鹿にしたようなノワールの態度は、大柄の傭兵を怒らせるのに十分なものだった。




「あぁん! てめぇ! 俺に文句でもあんのか!」

「別に人の趣味嗜好に文句は言う気はない。だが、アンタのそのぶっ飛んだ趣味にルミナを巻き込むのは俺としては迷惑だ。それに金を渡しても許す気がないなら、さっきルミナから渡された金返せよ」




 怒る大柄の傭兵に、ノワールが金を渡せと言いたげに手を出しながら淡々と答える。

 しかしノワールが差し出した手に、金貨が返されることはなかった

 大柄の傭兵が剣を構えると、後ろに控えていた細身の傭兵達も揃って剣を抜き、構えていた。




「うるせぇ! あのガキから渡された金は金じゃねぇ! 俺がそう決めたんだからなッ! そこのガキ共は必ず俺が嬲り殺してやるッ!」

「いや、剣なんて向けてるんじゃねぇよ。こっちは穏便に済ませようとしてるんだぞ?」

「関係ねぇ! まずはてめぇからぶっ殺してやる!」




 そしてノワールの制止も聞かず、大柄の傭兵が叫びながら動き出す。それに続いて細身の傭兵達はノワールに向かって走り出していた。




「おい! アイツ、大丈夫なのかよ! 三人も相手にして勝てるわけないだろ!」




 ノワールに剣を向ける傭兵達を見て、セリカがルミナにそう叫ぶ。

 しかしセリカがそう言っても、ルミナは平然とした顔をしていた。むしろ何を言っているのかと言いたげに、彼女は不思議そうに首を傾げていた。




「セリカ、ノワールのこと心配なの? 全然心配しなくて大丈夫だよ?」

「何言ってるんだ! 三人も相手にして勝てるわけないだろ!」




 明らかにノワールが不利にしか見えない。武器を持った傭兵が三人も相手では、まともに勝ち目がないはすである。




「うーん。セリカがそう言っても、ノワールは心配しなくても大丈夫だからなぁ~」

「早く誰か呼んで来い! そうしないとアイツ、本当に殺されるぞ!」




 そんな状況、誰が見てもノワールが勝つとは思えない。それなのに、ルミナは傭兵達が彼に剣を振りかざそうとしている光景を平然と見つめていた。




「だって――ノワール、強いもん」




 そして傭兵達と戦おうとしているノワールを見つめながら、ルミナはポツリと呟いた。




「はぁ? お前、何を言って……?」




 そう呟いたルミナに、彼女の言葉が理解できないセリカは、ノワールと傭兵達が戦う光景をただ見つめることしかできなかった。




「――死ねぇッ!」




 細身の傭兵から短剣が薙ぎ払われる。腹部に向けて、乱暴に振られる短剣を見据えながら、ノワールは一歩後ろに下がって回避する。




「おい、だから剣を振るなって。別に俺はアンタ達と戦うつもりはないぞ?」

「うるせぇ! てめぇを殺さねぇと俺の腹の虫が治まらねぇんだよッ!」



 ノワールが一歩下がったところで、大柄の傭兵が彼の左側から剣を振り下ろす。

 しかしノワールがまた一歩後方に下がると、大柄の傭兵の剣は空を切っていた。



「――てめぇッ!」



 そしてもう一人の細身の傭兵がノワールに向け、短剣を突き刺そうと突撃する。

 迫る細身の傭兵にノワールが短剣を突き立てているその手を左に弾きながら、その勢いを左に流すと――細身の傭兵はその勢いを止められず、壁に向かって衝突していた。




「あっ、すまん。悪気はなかった」




 顔を押さえて痛みに悶える細身の傭兵に、ノワールが申し訳なさそうに謝罪する。

 しかしそれが傭兵達の神経を更に逆撫でしていた。傭兵達は目を合わせながら、その場から動かないノワールを囲む。

 傭兵達三人から剣を向けられて、ノワールは困ったように顔を顰めていた。




「何度も言うが、俺は戦うつもりはないんだ。そろそろ諦めてくれないか?」

「若造がッ! 舐めてんじゃねぇぞ!」




 大柄の傭兵が、ノワールに叫ぶ。

 そして傭兵達はタイミングを合わせると、同時にノワールに向かって切り掛かっていた。




「はぁ……どうしてもやる気なのかよ……」




 同時に振りかざされる三本の剣を見つめながら、ノワールは気怠そうに肩を落とした。

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