第五話『魔石使い』
何がどうなったのか。セリカには分からなかった。
大柄の傭兵が持つ魔法石から炎の魔法が放たれ、それがルミナに直撃したようにしかセリカには見えなかった。
しかしいつの間にか、ルミナの前で庇うように一人の青年が立っていた。
「やっと来た! もう遅いよ、ノワール!」
何が起きたのだろうか。そんなことをセリカが思うなか――突如現れた青年に、ルミナは彼を見るなり嬉しそうな表情で駆け寄っていく。
ルミナが駆け寄っていくのは、全身が黒い服装の青年だった。気怠そうな表情をしていて緊張感がないが、思いのほかに端正な顔立ちをしていた。
ふとセリカの目に、青年の腰に携えている剣が映る。その細身の剣に加えて、妙な物が彼の腰に差さっていた。
古びた布で覆われた棒状のナニか――その奇妙な存在感のある物に、不思議とセリカは印象に残っていた。
「勝手にいなくなった癖に勝手に遅れたとか言いやがって、どの口が言ってんだよ?」
「えっ? だって遅れてくる男は全員悪いって言ってたよ?」
「そんなわけないだろ? 誰だよ、そんな訳の分からないこと言ってる奴は?」
ルミナにそう言って青年――ノワールは面倒そうに肩を落としていた。
しかしルミナはノワールの心境など気にも留めずに、不満そうに頬を膨らませていた。
「だって聞いたことあるよ? 遅れてくる男は甲斐性がないって?」
ルミナがそう言うと、ノワールはピクリと眉を上げる。自分の予想外の言葉がルミナから出たことに、彼は驚愕した表情を見せた。
「おい待て、お前一体どこでそんな言葉覚えたんだ?」
「セシアが言ってた」
「あのクソ女……! 変なこと教えやがって……!」
「あっ、クソって言う言葉は良くないってマルクおじさんが言ってたよ?」
「あの口うるさいジジイのことは放っておけ、まったく……」
そう言って、ノワールはその場で舌打ちをしていた。
ルミナがノワールが舌打ちをしたことを咎めるが、彼は鬱陶しそうに彼女の額を人差し指で弾いていた。
「それで……この状況はなんだ? お前、また妙なことに首突っ込んだのかよ?」
額を押さえて痛がるルミナを余所に、そう言ってノワールが周りを見渡す。
ルミナの背後に、身体中が傷だらけの倒れている赤髪の子供と前方に傭兵らしき服装の男が三人。
そして大柄の男が持っている魔法石に、ノワールは僅かに目を細めていた。
「えっとね。セリカがあのおじさん達の物を盗んで、セリカがいっぱい傷だらけになったの。それでね、私がセリカが盗んだ物のお金を代わりに私が払うって言って持ってたお金を渡したんだけど、おじさん達が私の渡したものはお金じゃないって言って、それで私達を殺すって言って、あのおじさんが魔法使った」
ルミナなりの精一杯の説明を、ノワールが顔を顰めながら聞く。あまり要領を得ない説明は彼女がまだ子供だから仕方ないと納得して、彼は渋々その説明を理解しようと努力した。
「あぁ……お前の言いたいことはなんとなく分かった。確認だが、そのセリカって名前はそこで寝てる子供で良いのか?」
「そう! 傷だらけだったから転んだと思って声掛けたんだけど、全然違ったみたい」
「そういうことか。そこの子供が盗んで痛い目に合わされてるのをお前が見かけて声を掛けたら、何故かお前もあそこの奴等に目を付けられたと……また面倒なことに関わりやがって……」
溜息を吐いて、ノワールは頭を抱える。
そして小さく溜息を吐くと、ノワールは渋々と言いたげに傭兵達に向き合っていた。
「まぁ、なんだ。アンタ達の言い分も分かるが、ここはもうお開きにしないか? アンタ達もルミナから金貰ったんだろ? 今回はそれで手打ちにしてくれないか?」
唖然としていた傭兵達に、ノワールがそう提案する。
ノワールにそう言われて、唖然としていた大柄の傭兵は心底驚いた顔で彼に指を差していた。
「おい! お前なんで生きてんだ! 火で燃えたはずだろ!」
確かに大柄の傭兵は、先程炎の魔法をルミナに放っていた。間違いなく、それは着弾していたはずだった。
それなのにルミナと一緒に平然としてノワールが立っていることに、大柄の傭兵はあり得ないと言いたげに目を大きくしていた。
「ん? あぁ、アレか? 第一魔法くらいならなんとかなるから気にしなくて良いぞ?」
「ふざけたこといってんじゃねぇぞ⁉ どうやって防いだんだっ⁉」
「さぁな? それは秘密だ。それくらい“魔石使い”なら自分で考えてみろ」
驚愕する大柄の傭兵に、ノワールが小馬鹿にしたように惚ける。
その態度が大柄の傭兵の神経を逆なでしていた。彼は顔を怒りに歪めると、持っていた魔法石をノワールへと向けていた。
「……ん? なんでそれを俺に向けてるんだ?」
「決まってるだろ! お前を燃やしてやるからだっ!」
「いや、そうじゃなくて……なんでわざわざ“持ってる魔石を相手に見せてるのか”って訊いてるんだが……」
怪訝な表情で、ノワールが大柄の傭兵の行動に眉を寄せる。しかしすぐに納得したのか、彼は呆れたように小さく溜息を吐いていた。
「そういうことか……アンタ、魔石使いじゃないな?」
「なんだと⁉ 俺は魔法石を持ってんだっ! 怖くねぇのかよ!」
また大柄の傭兵が強気に手に持つ魔法石をノワールに見せつける。
だが、その態度で更にノワールは呆れたような表情を作っていた。
「怖いも何も――お前の魔石はもう魔法は使えないぞ?」
肩を竦めてノワールは、大柄の傭兵にそう告げていた。
「はぁっ⁉ なに言ってやがる! ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ!?」
「なら試しに撃ってみれば良い。それで納得するだろ?」
「舐めやがって……! この若造がぁっ!!」
ノワールの言葉で顔を怒りで赤くして、大柄の傭兵が手に持っていた魔法石をノワールに向ける。
そして大柄の傭兵は目を吊り上がらせながら、大声で“その言葉”を叫んでいた。
『火よ――燃やせっ!』
しかし大柄の傭兵がそう叫んでも、何も起きなかった。
魔法石から火が出ないことに、大柄の傭兵が驚愕する。
その様子に、ノワールはまた溜息を吐いて頭を抱えていた。
「アンタの持ってる魔石は、第一魔法石だ。それだと第一魔法を一度しか撃てない」
「ふざけんな! 俺は何度もこれで魔法を使ってんだ!」
「そりゃ魔石に魔力が溜まれば、また撃てるようになるさ。アンタの今の魔石は、魔力切れだ」
そう言って、ノワールは大柄の傭兵に向かって歩き出していた。
「本当に何も知らなんだな。どうやってその魔石を手に入れたか知らないが、そのままだと確実にいつか他の魔石使いに殺されるぞ?」
「お前……何を言って……」
ノワールが近づくと、大柄の傭兵が同じように後ずさる。
「魔石使いってのは、戦いで自分の持っている魔法石がどの魔石を持っているか知られたら駄目なんだ。バレたら使っていた魔法の回数で逆算されて、戦いで負ける。アンタの今の状況がその良い例だ」
またノワールが大柄の傭兵に近づいていき、同じくノワールから大柄の傭兵が後ずさる。
「だから魔石使いは、自分の持っている魔石を他人に見せない。熟練の魔石使いなら、一目見ただけでそれがどの魔石がおおよその判別くらいはできるからな」
そして大柄の傭兵が後ずさり、いつの間にか彼は細身の傭兵達が居たところまで下がっていた。
細身の傭兵達にぶつかり、驚いた表情を大柄の傭兵が見せる。まさか自分が後ずさっていることを認識していなかった。
「だから今のアンタには、魔法は使えない。さて……ならクイズでもしよう。 アンタ達の前にいる俺は、魔石を持っているかいないのか?」
ノワールが目の前の傭兵達に、惚けたように肩を竦める。
傭兵達は怪訝な表情で、目の前に立っているノワールを凝視していた。
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