第三章 ~主人公~

第122話 乙女ゲー主人公の過去


 暗い暗い地下牢。

 どうして自分がそこにいるのか、自分は何者なのかもわからない。

 牢から出されては肉体を調べられ、また牢へと戻される。

 人間の生活とは思えない日々を過ごしていた少女の目に光はない。

 この世に生を受けてからまともに教育も受けず、ただ道具のように肉体の調査をされて一日を終える。

 このような状態でまともな人間が育つわけがなかった。


 しかし、不思議なことに少女は言語を教えなくとも話すことができ、礼儀作法も身についていた。

 少女を管理していた者達は想定外の事態に驚き、調査を進めたが望む結果は得られなかった。


 それ故、自分達の手元から少女を解放し、その後の経過を観察することにしたのだ。


 暗い牢獄で眠りについた少女が次に目を覚ますと、そこは孤児院のベッドの上だった。

 孤児院の前に倒れているところを施設の人間に保護されたのだ。


 そして、少女は〝マーガレット〟と名付けられ、すくすくと育っていった。


 マーガレットが孤児院に馴染むまで時間はかからなかった。

 マーガレットは同年代の子供達と比べてどこか達観したところがあり、精神が成熟していたのだ。

 家族のいない同じ境遇の子供達相手に、マーガレットは姉のように接し、時には街の診療所の手伝いをして金銭を稼いでいた。

 地下牢での日々はきっと悪い夢だった。

 ただの街娘マーガレットとしてこれからも平穏に生きていく。

 マーガレットのささやかな願いはある日唐突に崩れ落ちた。


 彼女の中に眠る光魔法が発現してしまったからである。


 遠征任務で怪我を負った騎士達が街の診療所に立ち寄った際、マーガレットも一人でも多くの命を助けるために奔走した。

 騎士達の中には重傷者も多く、街の診療所の設備では治せない者もいた。

 誰かが死ぬことを人一倍恐れていたマーガレットは必死の想いで治療を続けた。

 そんな彼女の想いは魔法となって現れ、重症の騎士達を次々と治していったのであった。

 騎士達からの報告によって、血が断絶されていたはずの光魔法を発現させた稀有な存在としてマーガレットは王国に保護されることになった。


 そして、身柄の保護と同時に光魔法を使いこなせるように王立魔法学園へ入学することになったのだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『今日午前十一時頃、東京都台東区入谷にある歩道橋から男性と女性が転落したと通行人から警察に通報がありました。この事故で、転倒した才上進さん(26・無職)と古織実果さん(29・会社員)は、転倒した際に後頭部を強打しており、病院に運ばれましたがその後死亡しました』


 そのニュースは赤の他人からすればたまに流れてくる不幸な事故でしかない。

 だが、ある一人にとっては大切な親友と弟を同時に亡くした悲劇だった。


「進が死ぬなんて……」

「どうして急に家を飛び出したりなんかしたんだ……」

「…………」


 病院からの電話で才上進の死を知った家族は悲痛に暮れる。

 その中で、進の姉であり、実果の友人だった才上慈理は親友と弟がもうこの世にいないことをどこか信じられずにいた。


 弟の葬儀に参加して棺の中にいる姿を見ても、

 親族達が涙を流していても、


 どうしても弟が亡くなったという事実に現実感がなく、泣くことができなかったのだ。

 親友の実果に至っては弟と葬儀の日が被ったため、見送ることさえできなかった。


 慈理は粛々と進む葬儀をただ茫然と眺めていた

 火葬場で最後の別れの瞬間も、ついぞ涙が出ることはなかった。

 そして、火葬されて出てきた遺灰――下顎の形がしっかりと残ったそれを見た瞬間、慈理は弟が死んだのだと実感してしまった。


「あ……あぁ……」


 突如、波のように罪悪感が押し寄せてくる。

 ニートだった弟に対して優しく接しているつもりだった。


 しかし、心のどこかで彼を恥ずかしく思っている自分がいた。

 友人である実果に家に来てもいいか電話で尋ねられたとき、その態度が滲み出ていたところを弟に見られた。

 家に自分の居場所などない。そう思った弟は衝動的に家を飛び出して事故にあった。

 そのうえ、何の因果か自分の親友は歩道橋から落ちる弟を助けようとして亡くなった。


 全て自分のせいだ。

 何もかも自分が悪いのだ。


「あぁぁぁぁ……!」


 慈理はその場で泣き崩れ、声の限り泣いて気を失った。

 後日、詳しい事情を慈理から聞いた両親は彼女を言葉の限り罵倒した。


「なんて酷い子なのかしら!」

「まったくだ! 進の味方の振りをして見下していたとは最低な人間だぞ!」

「どうして私達の子なのに、そんなクズになったのよ!」

「そうだぞ! 親として恥ずかしい限りだ!」


 息子を追い込んでいたことなど棚に上げて両親は慈理を責め続けた。

 いつもならば言い返していた慈理だったが、返す言葉がなかった。

 両親の言葉自体はどうでも良かった。もうとっくの昔に見切りはつけている。

 元々実家に残っていた理由も、貯金のためと弟が心配だったから。


 もはやこの家に留まる理由もない。

 しかし、慈理はなかなか家を出ることができなかった。


「私のせいで、私があんなこと言わなきゃ……! ごめんね、ごめんね進、ごめんねミカ……!」


 弟である進の部屋に入ると慈理は泣き崩れる。

 部屋の中は進が生きていた頃から何も変わっていない。

 唯一違う点があるとすれば、そこにはもう部屋の主が帰ってくることはないということ。

 あの日のままの弟の部屋。そこから離れることが慈理にはできなかった。


 ゲーミングチェアの方を見れば、コントローラーを握っている弟が座っているような気がした。

 ベッドの方を見れば、寝転がっている弟がいるような気がした。


『みなさん、こんばん山月! 獅子島レオです』

[冷凍ミカン:こんばん山月!]


『こんゆみー。茨木夢美でーす』

[冷凍ミカン:こんゆみー!]


 実果の推しだったVtuberの配信のアーカイブを見れば、〝冷凍ミカン〟として配信活動を行っていた親友のコメントがある。

 しかし、現実にはもういない。


 結局、家を出ることも出来ず、慈理は毎日のように事故現場へ通った。


 そんなことをしたって二人が帰ってくることがないことを知りながら……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る