第123話 以後、よろしく


 神々しい銀色の髪を風にたなびかせ、一人の青年が粗暴そうな男へと光り輝く剣を突きつける。


「俺は貴様を認めない」

「おいおい、そう硬ぇこと言うなよ」


 剣を突きつけられているというのに、男はおどけたように笑うだけ。

 金色の髪に獣のような牙。動物の毛皮で作った服を身にまとった男は敵意に満ちた表情を浮かべる青年に笑いかける。


「仲良くしようぜ、聖剣様」

「黙れ、よそ者が!」


 聖剣様と呼ばれた青年はさらに怒気を強める。そんな青年に対して男は肩を竦めるだけだった。


「貴様の魔法。それは世界樹から授かった力だ。貴様のようなどこの馬の骨とも知らぬ男が保持しているはずがない」

「だけど、実際に俺は雷魔法を宿しているじゃねぇか。ほら、この通り」


 男は得意気に指先から小さな雷撃を生み出してみせる。

 それは紛れもなく、彼がこの世で二人目の魔導士である証拠だった。


「だから信用できぬのだ。ムジーナ様の紹介とはいえ、貴様を受け入れた巫女様の気が知れない」

「ま、信用できねぇのはしゃーねぇわな。この集落の連中は保守的な連中ばっかだしよぉ」


 ケラケラと笑う男に青年の怒りはさらに高まる。だが、その怒りを爆発させるような愚行には及ばなかった。


「俺だってお前から信用されるとは思っちゃいねぇさ。信頼されたいとは思ってるけどな」


 そう言うと男はニヤリと笑みを深め、言葉を続ける。

 すると彼の身体が淡く発光し始めた。

 その現象を前にして青年の顔色はさらに険しくなっていく。


「この集落は世界樹のもたらす豊かな資源を狙う外敵が多い。一人でも強い奴がいた方がいいだろ?」


 次の瞬間、男の身体は青白い稲妻に包まれていた。

 同時に辺り一帯が真っ白に染まるほどの激しい落雷が発生する。

 雷鳴轟き、大地を揺らすほどの衝撃を受けてなお、その場に立つ者は二人だけ。


「貴様の強さは対峙しているだけでも理解できる。この集落に必要な力だということもな」


 青年はそう呟くと、ゆっくりと息を整えて告げる。


「しかし、やはり納得はできない」

「はっ、頑固者め」


 二人は互いに武器を構え直すと、そのまま衝突した。




「……夢か」


 目を覚ますと、そこは滅竜荘にある自室。

 起き上がって鏡を見てみれば、そこに映るのは神々しさの欠片もない黒髪の自分。


「聖剣なんて柄じゃないな」


 ブレイブはどこかすっきりとした表情を浮かべると、日課の鍛錬をするためにスタンフォードがくれた魔剣を持って鍛錬場へと向かった。

 鍛錬場で光魔法を発動させながら剣を振るう。

 技のキレは全盛期の頃には遠く及ばないが、今までよりも増していた。


「精が出ますね」

「リア……えっと、セタリアの方だよな?」

 ブレイブは恐る恐る尋ねる。

 セタリアはラクリアの魂が目覚めてから度々体を乗っ取られている。

 ラクリアからすれば転生してようやく永い眠りから目覚めたと思ったら、自分の肉体に他者がいたという感覚なのだろうが、セタリアからしたらたまったものではない。


「ええ、ラクリア様は朝が苦手なようで……」


 どこか疲れたようにセタリアは力なく笑う。

 セタリアが寝ている間はラクリアが好き勝手に動いてしまうため、肉体の疲れが取れないのだ。


「なんていうか、大変そうだな……」

「ブレイブは過去を思い出しても何ともないんですか?」

「俺の場合は人格が分裂したわけでもないからな」


 失われた創世記の記憶は全て思い出した。

 てっきり、聖剣としての自覚や覚悟でも目覚めるのかと思いきや、そんなことはなかった。


「昔の記憶は思い出せるけど、どうにも他人事って感じがしてなぁ」

「わかります。私もそうなんです」


 二人は創世記の記憶こそ蘇ってはいるものの、自分自身に起こったことというよりも他者の記憶を見せられたという感覚の方が強いのだ。

 原作ならば、二人はこれよりももっと後に創世記の記憶を取り戻し、自分が何者かを知ることになっていた。


 その際、人格は別れることなく統合され、セタリアは清楚さを兼ね備えつつもラクリアのような自由奔放さを反映したような性格になり、ブレイブは以前よりも思慮深くなる描写が多くなっていた。

 このいびつな状況もある意味、原作から大きく逸れた結果とも言えるだろう。


「リアはどうしたいんだ?」

「私は……」


 少し考える素振りを見せると、セタリアは口を開く。


「ラクリア様の過去を振り返れば、転生してでもブレイブとまた会いたかった気持ちは理解できます。ですが、私は私です。ラクリア様じゃない」


 そこには原作では存在しえなかった強いセタリア自身の意思があった。


「ですから、私達も一から友人関係になりませんか」

「どういうことだ?」

「私達が惹かれあったのは、ラクリア様と聖剣ベスティア・ブレイブの想いがあったからです」


 自分じゃない存在の意思で動かされて出会い関係を築いた。そこに自分達の意思はない。

 それが、セタリアの考えだった。

 二人は示し合わせたかのように笑い合うと握手をする。


「私はセタリア・ヘラ・セルペンテ。セルペンテ公爵家の娘にしてこの国の第二王子スタンフォード殿下の婚約者です」

「俺はブレイブ・ドラゴニル。ドラゴニル辺境伯の息子で、光魔法の使い手だ」


 それからどちらからともなく距離を取ると、お互いに剣を構えた。


「「以後、よろしく!」」


 二人は声を合わせて笑うと、そのままぶつかり合う。

 そして、剣戟に混ざる楽しげな笑い声が鍛錬場に響き渡るのであった。

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