第121話 運命を変えたその先へ


 スタンフォードが目を覚ましたとき、そこは学園の救護室のベッドの上だった。

 思えばライザルク戦後もこんな風に救護室で目覚めたな、と苦笑して体を起こすと横にはうたた寝しているマーガレットがいた。


「何か、この感じも懐かしいな……」


 目が覚めたらマーガレットがいる。既視感を覚える光景につい笑みが零れる。


「……あれ、スタンフォード君。目が覚めたんだ」


 スタンフォードが起きた気配を感じたのか、マーガレットが目を覚ます。


「ラクーナ先輩、本当にありがとうございました。今回も治療ではお世話になりました」

「これが私の仕事だからね。それにお礼ならコメリナちゃんに言ってあげて。あの子、貧血で倒れるまで君を治療してたんだからね?」


 スタンフォードは決勝戦前に自分を治療して倒れそうになっているコメリナの姿を思い出した。

 今回の勝利は間違いなくコメリナがいなくてはなしえなかった結果だろう。

 もしコメリナがいなかったのならば、滅竜魔闘での優勝など夢のまた夢。それほどにコメリナの存在は大きかったのだ。


「僕は本当に周りに助けてもらってばかりですね」


 一人で何でもできると思っていた時期があったからこそ、スタンフォードはしみじみと周囲からの助力の大きさを噛み締めていた。

 それはコメリナやマーガレットだけではない。

 自分の力を過信していたときには気づかなかった多くの人に支えられていることに気づくことができたのだ。

 自分のことを理解してくれる仲間の存在。それがとてもありがたいことなのだと、スタンフォードは今回の戦いで改めて実感することになった。


「みんなそうだよ。一人で生きていける人なんていない。私だってそうだよ」


 マーガレットは微笑むと、優しい声音でスタンフォードへと告げる。


「だから、お互い助け合っていこうよ」

「ええ、これからもよろしくお願いします」


 どんなときも優しく自分の味方をしてくれるマーガレットに心から感謝すると、スタンフォードは窓の外へと視線を移した。

 外では来賓達が帰ったあとに生徒達だけで行われる後夜祭が行われている。

 スタンフォードは決勝戦を終えてすぐに意識を失ってしまったため、表彰式は欠席することになった。オクスフォードが残念がっていたのは言うまでもないことだ。


 いまだお祭り気分の生徒達はキャンプファイヤーを囲んで楽しそうに踊っている。

 キャンプファイヤーなんて参加したことのないスタンフォードにとってその光景は新鮮そのものだった。

 原作においてこのイベントは、これから激化していくミドガルズとの戦いを前にした休息のような位置づけだった。

 最後の小休止を救護室で過ごすことになってもスタンフォードに後悔はない。

 それだけ今回の戦いで得たものが大きかったからだ。


「殿下、目覚ました!?」


 終わりゆく滅竜祭へと想いを馳せていると、乱暴に扉が開かれてコメリナが入ってきた。


「コメリナ、体の方はもういいのかい?」

「それ、こっちの台詞!」


 コメリナはスタフォードの元へと駆け寄ると、そのまま抱きついた。


「ちょ、コメリナ?」

「殿下、かっこよかった。勝ってくれてありがとう……」


 コメリナにとって、スタンフォードが優勝したという結果は間接的に自分の実力を肯定してもらえたようなものだった。

 そして、何よりも自分の想いも背負って戦ってくれたスタンフォードに心から感謝していたのだ。


「ありがとうはこっちの台詞だよ。君がいなければ僕はここまでこれなかった」


 スタンフォードは抱き着いてくるコメリナの頭を撫でる。


「本当、君に出会えて良かった」

「だから、それこっちの台詞……」


 頬を膨らませながらも、コメリナ頭を撫でられて嬉しそうにはにかんだ。


「ひゅーひゅー、お熱いことで」


 そんな二人の様子を茶化すように囃し立てながらポンデローザが救護室に入ってきた。


「ポン子も来たのか」


 ポンデローザはスタンフォードの言葉に、不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「何よ、あたしは来ちゃいけないっての? 確かに、タイミングは悪かったかもだけど」


 密着している二人から気まずそうに視線を逸らすとポンデローザは続ける。


「約束を果たしに来たわ」


 ポンデローザは表情を引き締めると、逸らした視線を戻して真っ直ぐにスタンフォードを見据えた。


「そのノートってまさか」

「ええ、原作知識をまとめたノートよ。忘れていることも多いから幼少期から書き溜めたあたしの道標」


 それはこの世界に転生してからのポンデローザにとっての生きる希望だった。

 もちろん、ポンデローザの記憶にも原作知識というものは存在する。

 だが、転生してから時間が経ち記憶が薄れゆく中で、原作知識を書き留めたものを捨てるということは原作だよりに生きる道を完全に捨てるのと同義だった。


「最後に確認するわよ。これを捨てるということは運命を変える道標を捨てるということ。本当にいいのね?」

「愚問だよ。それがあることでポン子が苦しむくらいなら、ない方が一億倍マシさ」


 ポンデローザの最終確認に即答すると、スタンフォードは笑顔を浮かべて告げた。


「それに運命ってのは決まっているものじゃない。切り拓いていくものだろ?」


 それは臭い台詞だが、文字通り運命を切り拓いて見せたスタンフォードが言うと様になっていた。


「な、何よカッコつけちゃって……でも、ありがとね」


 呆けた表情を浮かべていたポンデローザは慌てて取り繕うようにそう言うと、自分の巻き髪をいじりながらそっぽを向いたあと、儚げな表情を浮かべてノートを氷漬けにしてから粉々に砕いた。


「それじゃ改めてよろしくね」

「ああ、それじゃアレやろうか」


 スタンフォードが拳を掲げると、ポンデローザも意図を理解したように拳を掲げる。


「当て馬同盟ファイト!」

「おー!」


 久しくやっていなかったお決まりのやり取りをすると、二人は顔を合わせて笑いあった。


 その瞬間、スタンフォードの脇腹に鈍い痛みが走った。


「痛ででで! コメリナ、何するんだよ!」

「別に」

「えぇ……」


 リスのように頬を膨らませたコメリナを見て、スタンフォードは困惑する。

 コメリナはスタンフォードとポンデローザが二人にしかわからない話をして、通じ合っている様子が何となく気に食わなかったのだ。

 そして、そんな三人の様子をマーガレットは楽し気に眺めていた。


「そうだ、スタン。せっかくだから後夜祭一緒に踊らない?」

「おお、いいね。何だかんだでこういう俗っぽい青春イベントってやってみたかったんだよね」


 さりげなく後夜祭のダンスの相手に誘われたことで、スタンフォードはノリ気でベッドから起き上がろうとした。


「ダメ。殿下の隣、譲らない」


 しかし、スタンフォードに抱き着いたままのコメリナがそれを阻止する。


 その瞬間、二人の間で火花が散った。


「コメリナちゃん。スタンを困らせちゃダメよ。そうやってくっついてたら立ち上がれないじゃない」

「ポン様こそ、わきまえる。今回、何もしてないのにご褒美もらおうとした。厚かましい」

「は、はぁ!? 誰が厚かましいですって!」

「ポン様。事実、言っただけ」

「うぐっ……でも、あたしの方が前からスタンと過ごす時間は長かったし!」

「ふっ、最近全然出てこなかった癖に」

「あ―――! 今、鼻で笑ったわね!」


 子供のようなやり取りをする二人に、さすがのマーガレットも表情が引き攣っていく。


「とにかく、先に誘ったのはあたしよ!」

「ダメ、行かせない!」


 そして、渦中の人物であるスタンフォードは――


「痛い痛い痛い! 二人共落ち着いてくれ! 肩が、肩が外れるからぁ!」


 両腕を引っ張られる痛みでそれどころではなかった。


「二人共、スタンフォード君は一応病人だからね?」


 こうして、さすがに止めた方がいいと判断したマーガレットが二人の間に入るまで、平和な言い争いは続くのであった。

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